研究ノート

解釈から遊びへ 「無責任な発話」としての演技と古代ギリシア・ローマにおける俳優の地位問題

横山義志

演技の無責任性

古代ギリシアでは俳優は市民だったのに、古代ローマでは奴隷的存在になってしまったのはなぜか。その経緯を、ギリシア語とラテン語における演技を表す動詞から説明してみたい。これは近代西洋語でなぜ「演じる」が「遊ぶ」という意味の動詞(英:play, 仏:jouer, 独:spielen, etc.)で表されるのか、そしてなぜ近代俳優たちがこれとは異なる動詞(英:to act、仏:déclamer, etc.)を発明しなければならなかったのかを理解する一助にもなるだろう。

俳優が「演じる」という意味で最もよく使われる動詞は、ギリシア語では「解釈する」という意味のὑποκρίνομαι、ラテン語では「遊ぶ」という意味のludoである。この2つは一見全く意味が異なるが、一つ共通点がある。

ギリシャ語のὑποκρίνομαιはもともと、神々から授かった言葉を一語一句たがえず発話する行為を示していた(なぜそれが「解釈」なのかは追って説明する)。一方ラテン語のludoは「冗談をいう」、「ふざける」など、「通常行為が持つ実効性を持たないような形で行為する」ことを表す*1。どちらの発話行為においても、発話主体は言表内容の最終的な責任を負わない。これを「無責任な発話」と呼んでおこう。この意味で、今日の演劇上演における俳優の演技も「無責任な発話」であるといえるだろう。

*1 ludoは後期ラテン語でjocor「ふざける、冗談を言う」(この動詞は受動態で能動的な意味を表す形式所相動詞である)に代替され、それが英:jokeや仏:jouerの語源となった。Cf. OED, sv. « Joke » ; TFLi, sv. « jeu » ; ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』高橋英夫訳、中公文庫、1973年、90Florence Dupont, Pierre Letessier, Le théâtre romain, Paris, Armand Colin, 2012, p. 21. なお、本稿は劇作家岸井大輔氏主催のレクチャーシリーズ「リプレイ」での2020610日の講義のためにまとめたもので、岸井氏との対話からも多くの示唆を受けた。

前稿「中動態の演技論 古代ギリシアにおける「演技」の起源について」では、ὑποκρίνομαιという動詞がなぜ中動態を取るのかを検討した。少し繰り返せば、國分功一郎『中動態の世界』によれば、能動態と受動態の区別というシステムは、「行為の帰属や意志の存在をめぐる強い信念」にもとづいたシステムであり、能動態の主語は、動詞によって表される行為の責任者ともみなされる。このシステムは、発話主体が別の人格として行為を行う「演技」という発話形態を想定していない。実はもともとあったのは能動態と中動態の対立で、受動態は後から加わったと考えられている。そしてこのもともとの対立においては、能動態とはその動詞で表される過程が「主語の外で完遂する」場合に使われる態であり、中動態とは主語が「過程の内部にある」ような行為を表していて、「意志は問題にならない」。この意味で、「演技」という行為が中動態で表されることには必然性がある*2。そして演技においては「意志は問題にならない」からこそ、俳優は演技における発話内容について責任を問われないわけである。一方、ludo「遊ぶ」という動詞自体は能動態だが、「遊ぶ」という行為には中動態的性格がある。「人は、遊びに巻き込まれたり没入したりすることで遊び手になる」*3。そして「遊ぶ者を通じて遊びが現れる」時にこそ、演じ手は「自己自身を演じつく」し、それによって「自己自身を超えたもの」につながるのである*4

*2 「中動態の演技論 古代ギリシアにおける「演技」の起源について」(https://www.repre.org/repre/vol33/note/yokoyama/
*3 渡辺健一郎『自由が上演される』講談社、2022年、59頁。
*4 ハンス=ゲオルク・ガダマー『真理と方法I 哲学的解釈学の要綱』轡田収他訳、法政大学出版局、2021年(第二刷)、147-158頁。

解釈から遊びへ、市民から奴隷へ

一方で、ὑποκρίνομαιludoとでは、決定的に異なる要素もある。ὑποκρίνομαιの原義においては、発話される言葉が神々の言葉、真実の言葉であるという前提があるのに対して、ludoにおいては、むしろそれが真実ではないもの、現実世界には影響を及ぼし得ないものとして捉えられている。この違いは、俳優の地位の違いとも関連している。では、なぜこのような違いが発生したのか。順を追って見ていていこう。

古代ギリシアでは、悲劇・喜劇の上演は宗教儀礼であり、俳優は宗教者とも見なされていた。ここで使われる「解釈する/演じるὑποκρίνομαι」という動詞は、ゴンザレスに従えば、吟誦詩人が叙事詩を語る行為を指していた。ホメロス叙事詩では、この動詞は神託や夢を「解釈する」という意味で使われている。ここでいう「解釈」とは、神託や夢のお告げを一語一句たがえず、繰り返し暗誦することによって、意味内容を理解していくという過程である。叙事詩の吟誦においても、はじめに神々に祈りを捧げ、「神々から授けられた言葉を一語一句そのまま聴衆に伝える」という形式で語りが行われる。これがὑποκρίνομαιという動詞で呼ばれ、やがては単に「観衆の前で発話すること」を示すようになっていた。アルカイック期から古典期にかけてのパナテナイア祭における「叙事詩の競演」ではホメロス叙事詩のみが上演されていたので、授賞対象は詩人ではなくそれを語る「吟誦詩人(ῥαψῳδός)」であり、ὑποκρίνομαιという動詞で名指されるパフォーマンスが評価対象となっていた。悲劇・喜劇における俳優の演技は、より古くから存在していた叙事詩吟誦に類似した行為とみなされ、この動詞が適用されるようになったと考えられる*5

*5 Cf. José M. González, The Epic Rhapsode and His Craft: Homeric Performance in a Diachronic Perspective, Washington DC, Center for Hellenic Studies, 2013, p. 384; p. 435-438; p. 647sq.; Jean-Charles Moretti, Théâtre et société dans la Grèce antique, Paris, Le Livre de poche, 2001, p. 32-33. 上記「中動態の演技論」も参照。

一方、古代ローマにおける悲劇・喜劇の上演は「スカエナの遊戯(ludi scaenici)」あるいは「ギリシアの遊戯(ludi graeci)」と呼ばれる儀礼の枠内で上演され、この枠組みで演じることが「遊ぶ(ludo)」という動詞で表された。「スカエナ(羅:scaena)」はギリシアの劇場で背景をなしていた建造物スケーネー(希:σκηνή)に由来する壁を指す。「遊戯(ludi, 「遊びludus」の複数形)」とは、神々に娯楽を捧げる儀礼のことである。*6

*6 Le théâtre romain, op. cit., p. 13-14. Cf. 拙稿「書評 フロランス・デュポン、ピエール・ルテシエ『ローマ演劇』(二〇一二)」『演劇学論集』57号、2013年、156頁。

ローマの俳優が奴隷的身分であったことは、「ギリシアの遊戯」の構造とも関わっている。「遊戯」の儀礼はローマがイタリア半島全体に版図を拡げた紀元前三世紀に発展し、異教の神々を取り込んでいく装置ともなった。半島南部とシチリア島にはギリシア植民市が多かったが、ローマは前272年にイタリア半島を統一し、前241年にシチリア島も支配下に収める。その翌年、イタリア半島南部出身のギリシア人解放奴隷リウィウス・アンドロニコスに「悲劇(tragoedia)」をラテン語で上演させたのが「ギリシアの遊戯」のはじまりだった。ローマにおける悲劇の上演は「征服された民の宗教儀礼をローマの神々に捧げる」という構造を持っていて、ローマがギリシア語圏の庇護者となったことを対外的に示すものでもあった*7。ローマ悲劇はギリシアの宗教儀礼をラテン語化し、娯楽としてローマの神々に捧げる儀礼であり、ここでの演技は「神々の言葉をそのまま伝える」ものではない。

*7 Le Théâtre romain, op. cit., p. 17-27 ; リウィウス『ローマ建国以来の歴史』VII, 2.

これだけを見れば、「神々の言葉を語っていたギリシアの俳優たちがローマ人の支配下に入ったことで、市民から奴隷的身分へと転落してしまった」という物語を語りたくなる。だが実際に起きたことは、それほど単純ではない。ギリシア語とラテン語の二つの動詞がともに「無責任な発話」を表すのは偶然ではない。両者のあいだには、ある種の連続性を看て取ることもできる。「解釈から遊びへ」という転換は、ギリシア世界における悲劇の歴史的展開にも基づいていると考えるべきなのである。

ギリシア悲劇の創始者といわれるテスピスの名は「神意を承けた言葉の」という意味をもち、ホメロスが神から授かった言葉を歌う吟誦詩人にもふさわしい名前である*8。ところが、テスピスは自作の悲劇を上演した際、賢者ソロンから「そんな嘘をついて恥ずかしくないのか」と非難され、それに対して「遊び(παιδιά)なのだから」と返答したという*9。どうも悲劇はその始原から、宗教的性格と「遊び」としての性格の両義性を持っていたようだ。

*8 ホメロス叙事詩では「神意に満ちた歌(θέσπιν ἀοιδήν)」などと使われている(『オデュッセイア』VIII, 498; Gonzalez, op. cit., p. 201)。
*9 プルタルコス『ソロン伝』29.

ホメロス叙事詩を語る吟誦詩人とは異なり、悲劇詩人も俳優も、神々に言葉を授けてくれるよう祈りはしない。「悲劇の競演」では「作者(作る人、ποιητής)」の力量が観衆によって評価される。「競演/競技(ἀγών)」という枠組みは人間の力量を競わせ、それを神に捧げるという構造をもっている。ホイジンガはギリシア人が演劇の上演や戯曲について「遊び」という語を用いないことを「奇妙なこと」だといいつつ、それが「競演/競技」という形で行われることは遊びの領域に含まれることの証左だとしている*10。確かに、全ての上演が神意の直接的表出だとしたら、競演は成立しにくいだろう。

*10 ホイジンガ前掲書、299-301頁。

解釈をまねび、遊ぶ

多くのギリシア人が悲劇に対する不信感を表明してきた背景には、悲劇という儀礼自体が僭主政下で発展した比較的新しい儀礼だったということがある*11。この宗教儀礼はヘレニズム時代に至って、いよいよ政治的機能を強めていく。マケドニア王アレクサンドロスによって制覇された地中海世界と西アジアがギリシア語圏に組み入れられてヘレニズム世界となっていく際に、エウリピデスの悲劇はホメロスの叙事詩とともに、重要な「教育(παιδεία)」のツールとなった*12。被征服者にとって、悲劇の上演に立ち合い、その言葉を憶えていくことは、征服者が持ち込んだシステムに同化するための通過儀礼だった。そしてヘレニズム世界全体で悲劇が上演されるようになると、歌唱力の高い俳優たちが国際的に活躍していく。その中で、古代アテナイ以来の桂冠を競う競演だけでなく、賞金目当ての競演も増えていく。紀元前300年頃には俳優を中心とした上演関係者によって「ディオニソス芸能者同信会(ή σύνοσος τῶν περί τὸν Διόνυσον τεχνιτῶν」等と呼ばれる宗教組織が結成され、これが国際的マネージメントを担う組合組織に発展していく*13

*11 「悲劇の競演」は僭主ペイシストラトス統治下のアテナイにおいて前534年に創設された。この時代、多くの僭主が音楽の競演に注力している。Cf. Moretti, op. cit., p. 62; 久保正彰「ギリシア悲劇とその時代」松平千秋他編『ギリシア悲劇全集 別巻』岩波書店、1997年(第二刷)、5.
*12 Henri-Irénée Marrou, Histoire de l’éducation dans l’Antiquité. 1. Le monde grec, Paris, Seuil, 1948, p. 246.
*13 Moretti, op. cit., p. 243-262; Gonzalez, op. cit., p. 467-469, 479-487; Jane L. Lightfoot, "Nothing to do with the technîtai of Dionysus ?", in Pat Easterling and Edith Hall, Greek and Roman Actors, Cambridge, Cambridge University Press, 2002, p. 209-212; p. 217; 横山義志「生の祝祭としての音楽劇 中期ストア派演技論における音楽的身体の復権」『演劇学論集』55号、2012年、45, 49, 54頁。

ローマがヘレニズム世界を併呑していく中で出会ったのは、このような悲劇だった。ローマ法においては、俳優の地位は上演の枠組みによって異なっていた。「神聖な競演(certamina sacra)」、つまりギリシアの宗教の枠内で行われる上演に出演する俳優は市民かつ宗教者としての地位を保持しつづけたが、ローマの宗教の枠内で、ラテン語で悲劇・喜劇を上演する俳優は奴隷同様に見なされた*14。ローマ人にとって広大なギリシア語圏は奴隷の供給源であり、その市民は潜在的な奴隷でもある。だが一方で、リウィウス・アンドロニコスがそうであったように、ギリシア語話者の奴隷はローマ人に教育を提供する存在でもあった*15

*14 Orateur sans visage, op. cit., p. 51-69 ; Moretti 2001, pp. 256-257;『学説彙纂』III, 1, 1, 6; 2, 1; 2, 2, 5; 2, 4. また、ローマ俳優の多くは奴隷や解放奴隷の出身だった。
*15 Cf. Emmanuelle Vallette-Cagnac, « Vtraque Lingua. Critique de la notion de bilinguisme », in Florence Dupont et Emmanuelle Vallette-Cagnac, Façons de parler grec à Rome, Paris, Belin, 2005, p. 18.

ギリシア語の「教育(παιδεία)」は「遊び(παιδιά)」と同じく、「子ども(παῖς)」に由来する。一方、ラテン語のludusには「遊び」とともに「学校」の意味もある。ローマにおける「スカエナの遊戯」は、ギリシア悲劇・喜劇のような競演の仕組みをもたない。これが「遊戯」であるのは、ギリシアの宗教儀礼をまねた、いわば「ごっこ遊び」だからであろう。ローマにおける悲劇・喜劇の上演は、「遊び」であると同時に、ギリシア文化の精華をまねび、自ら文化的覇者ともなっていく過程の一つでもあった。

発話の無責任性と市民権

実はホメロスからローマ俳優までをつなぐ中動態的な動詞がもう一つ、二つある。ギリシア語のφημί, ラテン語のforである。これらはともに「言う」「発話する」を意味し、語源を同じくしている。

ラテン語のforはギリシア語の中動態に似た形式所相動詞で、「芝居」を意味するfabulaなど、多くの名詞に語根を提供している。バンヴェニストによれば、φάναιfariは「非人称の発話」を意味している*16。非人称の発話とは、神話やおとぎ話、うわさ、評判など、「誰ともなしに言われていること」である。ヘシオドスによれば、「噂(φήμη)というものはいったん多くの人の口の端にかかれば、まったく消え去ることはない。これもいわば神のようなものなのだ。*17」非人称の発話とは、民衆の声でもあり、神々の声でもある*18。ホメロスからローマ俳優に至るパフォーマーたちは、このような非人称の発話の専門家だったのである。

ローマ俳優が演じるfabula「芝居」*19とは、ギリシアで語られていた「神話、伝説、物語」(fabulaにはこの意味もある)がギリシアの詩人によって語りなおされ、それがさらにローマの詩人によってラテン語で語りなおされたものである。俳優はそれに体を与え、声に出すことで、「物語」を「執行する」(fabula agere)。

一方、叙事詩人ホメロスが歌うのは「神々から与えられた言葉(φήμη, 神託)」*20であり、古の人々の「名声(φήμη, 噂、評判)」である*21。人の「名声」を歌い、人々に歌わせ、さらに多くの人の口に伝えていくのは口承文化における詩人の極めて重要な職能の一つである*22。その媒体である「声(φωνή)」も動詞φάναιと同根とされる*23

ギリシアの俳優たちもローマの俳優たちも、多くの観客の前で演じることで「名声(φήμη, fama)を得たが、ローマの俳優は同時に「不名誉(infamia)」の烙印も捺され、市民権を失った。これはローマ俳優が異教の神々やローマ市民権をもたない異邦人を演じる役割を負っていたことと無関係ではないだろう。

こうしてみると、ホメロス叙事詩からギリシア悲劇、そしてローマ悲劇へ、という歴史的展開の中で、観衆を前にした「無責任な発話」の社会的意味が「神々の言葉を解釈する」から、宗教的有効性が定かではない「詩人の言葉を発語する」になっていった末に、「遊ぶ、冗談を言う、通常行為が持つ実効性を持たないような形で行為する」へと数世紀をかけて次第に変化していったと見ることも可能だろう。このなかで、観衆を前にした話者は次第に神々との結びつきを失っていき、特権的な宗教者から単なる市民へ、そして奴隷的存在へと転落していったのである。

そしてキリスト教中世も俳優に対する不名誉の烙印を受け継いだ。この過程を知れば、近代俳優たちがludoの後継であるplayを逃れ、現実世界で有効性をもつ行為を表すactὑποκρίνομαιの原義に立ち戻ったinterpretなどを好んで使うようになっていったことの意味が見えてくるのではないだろうか。

*16 Emile Benvéniste, « Fas », Le vocabulaire des institutions indo-européennes, Paris, Minuit, 1969, II, p. 133-142; cf. 小野文「誰が話しているのか? ― エミール・バンヴェニストの言語思想における 異質な「話し手」の相貌」『慶應義塾大学言語文化研究所紀要』第54号、2023, pp. 3-6. この論文では、バンヴェニストのテクストの行間から、人はそもそも「他者としての言語」に「憑依を受けるような」形でしか話すことができないという言語観が引き出されていて、この非人称の語りが発話一般を考えるうえでも重要であることが示されている。「話す」ことを表す形式所相動詞については*1、國分功一郎『中動態の世界』医学書院、2017年、85-87頁も参照。
*17 『仕事と日』763-764, 松平千秋訳。
*18 Benvéniste, op. cit., p. 139.
*19 Cf. Id., p. 137.
*20 Id., p. 138 ; 『オデュッセイア』XX, 100-111; ソフォクレス『オイディプス王』86.
*21 Cf. Id., p. 138. ホメロス叙事詩においては「言う」、「語る」の意味で、やはり中動態のμυθέεσθαι(μυθέομαι)もよく使われる。φημίの三人称単数形φησί(現在) / ἔφη(未完了過去)/φᾰ́το(中動態未完了過去)は第三者の発言を引用する際に頻繁に使われる(Cf. Henri Fournier, Les verbes « dire » en grec ancien, Paris, Klincksieck, 1946, pp. 15-22)。フルニエによれば、ホメロスはφημίの能動態と中動態を区別せずに使っていて、能動態の現在形φησίの過去形として中動態未完了過去のφᾰ́τοが使われることもあった。また、φημί とφαίνω「現す、輝く」(中動態はφαίνομαι「現れる」)はともに同じ語根*bhā-「輝く/神聖な言表」から派生したとされる(id., pp. 8-13, 33-35)。
*22 Cf. ピンダロス『オリュンピア祝勝歌集』VII, 7-12.
*23 Pierre Chantraine, Dictionnaire étymologique de la langue grecque. Histoire des mots, Paris, Klincksieck, 1999, sv. « φωνή ».

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年10月17日 発行