日英バイリンガル・ワークショップ Techniques of the Shichōsha: On the Technoscientific Formation of Cultural Subjects 〈視聴者〉の系譜:ある文化的主体の科学技術的形成
日時:2023年6月17日10時~18時、6月18日10時~15時半
会場:京都大学(吉田キャンパス)
登壇者(司会・発表者・ディスカッサント含む):河村賢(大阪大学)、河西棟馬(東京工業大学)、岡澤康浩(京都大学)、Hansun HSIUNG (Durham University)、大久保遼(明治学院大学)、寺地美奈子(筑波大学)、高部遼(東京大学)、小城大知(東京大学)、難波阿丹(聖徳大学)、Alexander ZAHLTEN (Harvard University)、飯田豊(立命館大学)、大尾侑子(東京経済大学)、Adam BRONSON (Durham University) 、Martyn SMYTH (University of Sheffield)、永田大輔(明星大学)、喜多千草(京都大学)、角田拓也 (Columbia University)
1.ワークショップの狙いと概要
「Techniques of the Shichōsha/〈視聴者〉の系譜」ワークショップは、英国ダラム大学のショーン・ハンスン(HSIUNG, Hansun)と、京都大学の岡澤康浩というメディア論と科学技術論の接続に強い関心を寄せる二人の呼びかけによって企画され、京都大学で開催された。
放送や表象の装置としてのテレビ、およびそうしたテレビ番組を享受する視聴者やファンの実践については、映像文化論・メディア論・カルチュラル・スタディーズといったアプローチを用いた研究によってすぐれた成果があげられてきたし、テレビ受信機開発へと結実する歴史も技術史家・産業史家によって描かれてきた。これに対して本ワークショップが目指したのは、放送・表象装置としてのテレビをめぐる研究成果を引き継ぎながらも、その知見をテレビ受信機に限定されない広義のテレビジョン技術の歴史、およびそれが可能にした諸実践・諸装置の歴史へと接合することで、新しい歴記記述の可能性を探ることであった。こうした観点から描かれるテレビジョンの歴史は、放送に加えて、通信や伝送、さらには制御を可能にする技術装置としての側面を含めたより包括的なものとなるだろう。
こうした放送文化史と科学技術史を結びつけたテレビジョンの歴史を描く上で戦略的対象として選ばれたのが〈視聴者〉だった。視覚の科学史を視覚文化史へと統合したジョナサン・クレーリーの『Techniques of the Observer/観察者の系譜』を強く意識した「Techniques of the Shichōsha/〈視聴者〉の系譜」というワークショップのタイトルからも、上で述べた狙いはみてとれるだろう。加えて、日英バイリンガル形式で開催された本ワークショップでは、英語の「Techniques」と日本語の「系譜」というフーコーに由来する二つの言葉を重ね合わせることで、テレビジョン技術から生まれた装置、知識、実践が可能にする新しい自己の「技法」をとらえることを通して、そこから新たに登場する主体と主観性の「系譜」を描くというフーコー/クレーリー的課題の遂行が目指された。
また、〈視聴者〉が括弧にくくられていることからもわかるとおり、ここでの〈視聴者〉とは単にテレビ番組を見る主体を指すのではない。「テレビ」の歴史が「テレビジョン」の歴史へと拡張されるとき、そうした「テレビジョン」に向き合う主体としての視聴者もまた拡張され、複数化される必要があるからだ。本ワークショップは、いわばいままでテレビとは無縁だと考えられていたいくつもの〈視聴者〉をとりあげることで、そうした新たな主体が生息する環境がテレビジョン技術とともにどのように現れたのかを描くことを目指していた。
こうしたメディア論と科学技術論の対話を象徴するものとして、基調講演者を映画研究者・メディア理論家のアレクサンダー・ザルテン氏と技術史家の喜多千草氏に依頼し、ザルテン氏の報告にはメディア史・技術史家の飯田豊氏、喜多氏の報告には映画史家の角田拓也氏にディスカッサントを務めて頂いた。個別発表者の募集は公募制とし、10名の発表者に参加頂くことができた。これに司会3名と観客を合わせ、総参加者は47名となった。参加者の所属機関は日本、米国、英国、ロシア、シンガポールの五カ国に及び、所属機関の所在地割合は国内が31名、国外が16名と、ほぼ2:1の割合であった。また参加者の専門分野も映画研究、視覚文化論、テレビ論など狭義の映像・メディアを専門とするものに加えて、思想史、科学技術史、文化社会学の研究者や、映像制作の実務家などの幅広い参加者に恵まれた。
2.当日の議論
二日間にわたるワークショップで多数の発表、議論が行われたため、全体の議論を要約するのは不可能である。ワークショップの個人報告の報告題目は文末に記すこととし、ここでは、報告者である岡澤の印象に残った論点を二点だけ簡単に紹介する。
科学技術史とメディア論の交錯
今回のワークショップの企画者であるショーン氏と岡澤は、科学史を主な領域として活動している。同時に、ベルリンのマックス・プランク科学史研究所を拠点に、特に科学図像の歴史研究で知られるロレイン・ダストン氏が率いた研究部門で出会った二人は、共に科学技術史を視覚文化論やメディア論と接続させることに強い関心を寄せていた。こうした科学技術史とメディア論の対話という科学技術史側からの提案に対して、当日の議論ではザルテン氏や角田氏がフリードリッヒ・キットラーやドイツ・メディア論に言及する形で応答するなど、メディア論と科学技術論のさらなる交流が豊かな成果を生み出すことを予感させるものだった。
また、メディア論と科学技術史の対話のありかたとして、科学技術史家がもっぱら科学技術の話をし、メディア論者がもっぱら視覚文化やそれを享受するオーディエンスの話をするといった、それぞれの専門性にもとづいた固定的な役割分担のもとですすめる方法もあるだろう。しかし、今回のワークショップにおいて最も印象的だったのは、視覚文化史を専門とする大久保遼氏がサイバネティクスやSAGEと呼ばれる防空管制システムに言及し、それに対してコンピューター史を専門とする技術史家でもある喜多千草氏が応答する一方、喜多氏はNHK放送文化研究所の視聴者調査という社会学的メディア論について論じ、それにフロアのメディア史専門家から質問が飛ぶなど、メディア論者が技術について論じ、科学技術論者がメディア論について論じるというクロス・オーバーがあちこちで生じていたことである。メディア論と科学技術論の境界線がまさにその場で書き直されるようなその経験は、メディア論と科学技術論の内在的な近さを示唆すると同時に、友好的環境のもとであれば、自らの学問領域の枠に制約されずに学際的研究・対話を進めることが可能であることを実際に示したという点で、勇気づけられるものであった。
テレビジョン技術の複数性
本ワークショップは、ショーン氏による「あらゆるメディア・テクノロジーは、それぞれに異なるやり方で、ハイブリッドであり、常に不純である」といった開会挨拶から開始され、その言葉通り、テレビジョン技術と〈視聴者〉の複数性が議論された。
テレビジョン技術そのものが抱える複数性やゆらぎは、直線的なテレビの歴史を攪乱する。実装以前のアイディアとしてのテレビジョン技術が映写機に先立つというショーン氏の指摘や、戦後のテレビ放送をまつことなく戦間期にすでにテレビジョンが展示に供されていたという飯田豊氏の指摘などは、映画からテレビジョンへという単線的歴史を問い直すものだった。
さらに本ワークショップで議論されたのは、テレビジョンを映画と対比させること自体が、テレビジョン技術の特徴の先取りでありうるという点である。テレビジョン技術のもつ「本質的特徴」と思えるものも、それが比較される対象が変わる毎に異なった姿を現すからである。
高柳健次郎の初期テレビジョン開発と、東北大学ですでに開発されテレビジョン放送にも適していたはずの超短波指向性アンテナ(八木・宇田アンテナ)が何故すれ違ったのかを論じた河西棟馬氏は、高柳がテレビジョンをラジオの延長である1対多的「放送」のメディアとしてとらえていたのに対し、東北大学グループが1対1の「通信」メディアとしてアンテナを理解していたと論じた。
NHK放送基礎科学研究所視聴科学研究室の活動および、そこで利用されていた眼球の動きを追跡するテレビジョン・アイ・カメラを取り上げたショーン氏の発表は、アイ・カメラにおける閉回路テレビジョン技術の利用が、一九世紀以降の科学において多用された自動記録装置の流れに位置づけられることを指摘していた。同時に、ショーン氏によれば、NHKにおけるアイ・カメラを用いた研究は、像を電気信号へと変換・圧縮するテレビジョン技術の原理と、眼と脳の間で生理学的に行われる「特徴抽出」という情報圧縮を電子的にシミュレートするというアイディアとが結びつく場所にもなった。これはすなわち、テレビジョン技術が、パターン認識や図像認識といったコンピューターによる画像処理技術の系譜に、すなわち反-視覚の系譜に属する可能性を示唆している。
また、マーケティング技術の歴史を振り返った難波阿丹氏の報告は、オン・オフ可能な画面への注視から、環境の中に埋め込まれたデバイスを利用するデジタル・マーケティングへの移行を論ずることで、テレビ番組を前にする視聴者とは別の形での〈視聴者〉、あるいは難波氏が「触視聴者」と呼ぶ者たちのアテンションの新たな制御・管理の可能性について論じた。
これらワークショップで提案された異なる系譜は、テレビジョン技術がスクリーンや映像の歴史だけに限られず、通信装置、電気信号への変換(スキャニング)、人間と機械・環境とのインタラクションのデザインといったものと結びついていたことを示唆する。ひるがえって、それはテレビジョン技術が生み出す〈視聴者〉の系譜が、ファックスやCTスキャンの歴史、文字・画像認識の歴史、センサーの歴史、スマート・シティの歴史、コンピューターやサイバネティクスの歴史などとも結びつく可能性を示すように思える。
もちろん、こうした歴史記述の可能性は、テレビジョンが可能にする映像やそれがもたらす経験を軽視するものではない。本ワークショップで提案された複数の〈視聴者〉たちの姿をさらに探究することは、伝送されたテレビ番組を楽しみ、ビデオテープを操り、テレビ・ゲームに興ずるテレビ受信機の前の視聴者たちの特徴を捉えることにも役立つだろう。
3.まとめと今後の活動
本ワークショップは日本語と英語を公用語とするバイリンガル方式で行われた。これは東アジアの中にある日本を研究していく上で非日本語話者が参入しやすい空間を作る必要があるという要請と、そうした空間が北米アカデミアを中心とする英語中心主義の再生産にならないようにするために日本語話者の参加を容易にする必要があるという二つの要請を満たすために採用された。こうしたバイリンガル方式は参加者に相応の負担を強いるものであるが、参加者のみなさんのご協力のもと、大きなトラブルなく終えることができた。
「〈視聴者〉の系譜」ワークショップは、メディア論と科学技術論を接続しようとする実験的試みの一つであった。こうした試みを今後も継続的に行うために、ショーン氏を班長とする共同研究班「歴史的メディア認識論:テレビ史におけるメディア論とテクノサイエンスの交錯」が京都大学人文科学研究所に設置されている。次回以降の活動としては、テレビ・アーカイブと科学技術史との連携を模索するワークショップが計画されている。
「Techniques of the Shichōsha/〈視聴者〉の系譜」ウェブサイト:
https://sites.google.com/view/techniquesoftheshichousha/
「歴史的メディア認識論」共同研究班:
http://hub.zinbun.kyoto-u.ac.jp/kyodokenkyu/2023_grp-hsiung-1.htm
発表題目一覧
# パネル1: The Reordering of Perception 知覚の編成[司会:河村賢(大阪大学)]
- 河西棟馬(東京工業大学):「高柳健次郎の「無線遠視法」研究:「遠視」とは何か?」
- 岡澤康浩(京都大学)「注視せざるものたちの科学:視聴者のメディア論と人間工学の交錯」
- Hansun HSIUNG (Durham University) "A 'Quest for a Seeing Machine': Television and Origins of Deep CNNs"
- 大久保遼(明治学院大学)「操作者の視覚:科学万博とコンピューター・グラフィックス」
# パネル2: From Cinema to New Media Platforms 映画からニュー・メディア・プラットフォームへ[司会:寺地美奈子(筑波大学)]
- 高部遼(東京大学)「〈表面〉を見る吉田喜重:テレビ・ドキュメンタリー番組『美の美』シリーズについて」
- 小城大知(東京大学)「クリス・マルケル作品における観客の視聴行為の変遷について:受動的視聴から能動的体験へ」
- 難波阿丹(聖徳大学)「デジタル・マーケティング戦略における「触覚的知覚」制御:メディア消費とアテンション・エコノミーの変貌」
# 基調講演1
- Alexander Zahlten (Harvard University) "Continuity, Rupture, and Ecological Collapse: Shichōsha and the Question of Time"
- ディスカッサント:飯田豊(立命館大学)
# パネル3: Audiences under Fragmentation 分裂する視聴者層[司会:大尾侑子(東京経済大学)]
- Adam BRONSON (Durham University) "Observing the Observers: Opinion Polling and Televisual Temporality in the Twentieth Century"
- Martyn SMYTH (University of Sheffield) "Orchestrated Listening? Managing the Sonic Worlds of the Japanese Sound Hunter"
- 永田大輔 (明星大学)「視聴者集団としてのオタクとビデオ利用:アニメファンがテレビ文化を趣味にすることが可能となるプロセスに着目して」
# 基調講演2
- 喜多千草(京都大学)「国民生活時間調査と「視聴者」」
- ディスカッサント:角田拓也 (Columbia University)
(岡澤康浩)