研究ノート

中動態の演技論 古代ギリシアにおける「演技」の起源について

横山義志

ここ数年、古代ギリシア語で「演技する(hupokrinomai)」という動詞はなぜ中動態なのか、ということを考えている。だが、そもそも中動態とは何か、ということ自体があまりにも厄介な問題で、ちょっと手をこまねいていた。そこに、國分功一郎さんが『中動態の世界』*1を出してくれたおかげで、だいぶ視界が開けてきた。演出家の高山明さんの作品を見に行った際に、たまたまその話をしたところ、次の作品でトークゲストとして呼んでくださり、國分さんと三人で「中動態の演技論」というテーマで話をさせていただくことになった*2。おかげで少し考えがまとまってきた。

*1 國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』医学書院、2017. その後、森田亜紀さんの『芸術の中動態―受容/制作の基層』萌書房、2013にも出会い、大きな示唆を受けた。
*2 高山明『東京修学旅行プロジェクト:タイ編』スペシャルトーク ゲスト:國分功一郎(哲学者)、横山義志(SPAC-静岡県舞台芸術センター 文芸部)、「中動態の演技論 —古代ギリシアにおける演技概念について—」 、2017年11月23日.

演じることの中動性

近代の西洋語においては、「演じる」という行為はふつう動詞の能動態で表される(play, jouer, spielen…)。だが、「演じる」という行為は本当に能動的な行為なのだろうか。ある役を演じるときには、多くの場合あらかじめ台詞が書かれていて、俳優は劇作家なり演出家なりに台詞を「言わされている」という側面もある。また、複数の俳優が出演する場合には、他の俳優のことも考えなければならない。相手役が前の台詞を言い終わる前に自分の台詞を言ってしまったら、いい演技にはならない。つまり、ここでは台詞は相手に「反応して」言われなければならない*3

*3 ちょうどこのノートを書いているときに、劇作家・演出家・俳優の松村武さんによる「演劇における中動態の世界──演じるという態」が医学書院のWebマガジン「かんかん!」に掲載された(http://igs-kankan.com/article/2018/04/001105/, 2018年5月8日閲覧)。ここでは、たとえば以下のように論じられている。「「演じる」という行為は中動態の範疇にある。演じているとき、俳優は自分の意志やプランの力でのみ、自分の演技を進行させているのではない。また何かの力、例えば台本や演出、相手役の演技、観客の期待、反応などによって、人形のように操られているというわけでもない。そのどちらでもあり、また同時に、どちらでもないような状態が、演じている時間には流れる。」

劇作家と俳優が分かれておらず、自分で台詞を考えて言う場合にも、別の人格として発言するという点で、ふだんの社会生活における発言とは性質を異にする。例えば、俳優が舞台上の発言によって訴追されることは基本的にない。俳優がもう一人の俳優に対して「殺すぞ」といっても、脅迫罪で訴えられたりはしない。つまり、舞台上の俳優は、通常は演技における発話の責任主体ではない(検閲においてそう見なされる場合もあるが)。

國分さんの『中動態の世界』によれば、能動態と受動態の区別というシステムは、「行為の帰属や意志の存在をめぐる強い信念」にもとづいたシステムでもある*4。つまり、能動態の主語は、動詞によって表される行為の責任者ともみなされる。だが、「演技」という発話形態はこのシステムにはそぐわない。能動態と受動態の区別というシステムは、ある人が別の人格として行為を行うというケースを想定していない。

*4 國分功一郎『中動態の世界』195頁。

國分さんは最終的にバンヴェニストの中動態論に行きつく。バンヴェニストは、能動態と中動態の対立こそがもともとあったもので、受動態は後から加わったという。そしてこのもともとの対立においては、能動態とはその動詞で表される過程が「主語の外で完遂する」場合に使われる態であり、中動態とは主語が「過程の内部にある」ような行為を表していて、「意志は問題にならない」のだという*5。この意味で、「演技」という行為が中動態で表されることには必然性があるようにも思われる。

*5 同書88-97頁;Emile Benveniste, « Actif et moyen dans le verbe », Problèmes de linguistique générale, t. 1, Paris, Gallimard, 1966, p. 172.

「演じる(hupokrinomai)」の語源

「演じる(hupokrinomai)」という動詞がなぜ中動態で使われるのか、という問題をきちんと扱うには、この動詞の語源という問題を避けて通るわけにはいかない。半世紀近くの間、この問題についての最も重要な研究は1960年代にツッケッリによって書かれたモノグラフィーだった*6。しかし例のトークがきっかけで調べて見ると、最近重要な研究が出ていたことが分かった。2013年に出版されたゴンザレスの『叙事詩吟誦詩人とその芸』である*7。ここでは、パフォーマンスという観点からホメロス叙事詩を読み解いてきたナジによる示唆*8やツッケッリの研究を受けて、叙事詩を語る吟誦詩人と悲劇の俳優との連続性という観点から、「演技」/「俳優」の語源問題が使われている。アリストテレス『詩学』の叙事詩と悲劇を対比させるパースペクティブから離れることで、演技という概念の起源がより明確に見えてくるのである。だがそうなると、そもそも演技とは何だろうか、という問題も出てくる。

*6 Bruno Zucchelli, ΥΠΟΚΡΙΤΗΣ [Hypōkritēs]. Origine e storia del termine, Genova, Instituto di Filologia Classica, 1962.
*7 José M. González, The Epic Rhapsode and His Craft: Homeric Performance in a Diachronic Perspective, Washington DC, Center for Hellenic Studies, 2013.
*8 Gregory Nagy, Pindar's Homer: The Lyric Possession of an Epic Past, Baltimore and London, The Johns Hopkins University Press, 1990 ; Gregory Nagy, Homeric Responses, Austin, University of Texas Press, 2003.

この動詞の語源論においては、長年の間、「返答する」派と「解釈する」派の二派があった。前者では、例えば、「コロスに返答する」ということから「(悲劇・喜劇において)演技する」という意味が成立していったのだ、といった説明がなされる。これは少なくともローマ帝政期以降唱えられてきた説でもある。だが、ディオゲネス=ラエルティオスによれば、「悲劇においては、古い時代には、最初はコロス(合唱舞踊団)だけが劇を終わりまで演じていたのであるが、後には、コロスに少しの間休息を与えるために、テスピスが一人の俳優を案出し」た、と語っている(『ギリシア哲学者列伝』III, 56, 加来彰俊訳)。ここではテスピスは明らかにコロスに対して「返答」してはいない。また、古典時代のアテナイにおいては、「返答する」は主にapokrinomaiという別の動詞で表されていた*9

*9 Zucchelli, op. cit., p. 29-30.

Hupokrinomaiという動詞の原義は「解釈する」という意味のようだ。この語はホメロスにおいて、主に神託や夢や予兆を通じて神意を「解釈する」という意味で使われてきた。ゴンザレスによれば、これはホメロス叙事詩を語る吟誦詩人の営みを指す動詞でもあったという。実際、『イーリアス』は「怒りを歌え、女神よ」(松平千秋訳)という一節からはじまり、吟誦詩人は詩神ムーサイの言葉を語るものとされている。このように「神々の言葉を神々に代わって人々に語る」という行為が「解釈する」と呼ばれたわけである。プラトンの『イオン』において、ホメロス吟誦詩人イオンは「吟誦詩人かつ俳優/解釈者(ho rhapsōidos kai hupokritēs)」と呼ばれ(536a)、吟誦という行為が詩神ムーサイから「霊感を受けた(enthousiazō)」詩人(ホメロス)に「占有された(katekheō)」状態において行われるとされている(536b)。つまりこのプラトンの図式においては、吟誦詩人は、神々の霊媒である詩人の霊媒である、ということになり、「俳優/解釈者(hupokritēs)」という語はこのような意味で「媒体である」という機能を示す語であると考えられる。だとすれば、「俳優/解釈者(hupokritēs)」が行う行為である「演じる/解釈する」という動詞hupokrinomaiが、意志や責任の主体を明示する能動態を取らないのは、ゆえなきことではないだろう。

「霊感」の演技論がスタニスラフスキーやストラスバーグの議論にも受け継がれているのを見れば、これが古代ギリシアの宗教儀礼に特有の観念ではなかったことが想像できる。ここには近年の脳神経科学の成果を受けた演技論にも通じるところがあるようにも思われる。管見の限りでは、この「演技する(hupokrinomai)」という動詞が中動態で使われつづけたことの意義を明確に説明した研究にはまだ出会っていないが、ここには主体・意志・意識・責任といった問題系を考える際のヒントもありそうだ。

解釈と霊感

だが、悲劇を叙事詩との連続性だけで説明することはできない。実をいえば、叙事詩の場合と異なり、古代ギリシアにおいては俳優が「霊感」を受けていた、という話はほとんど見当たらない。悲劇俳優は「神がかり」になって演技していたわけではないらしい。これは悲劇が紀元前6世紀に新たな宗教儀礼として立ち上げられた事情とも関係しているのかもしれない。プルタルコスの『ソロン伝』では、テスピスによる悲劇の創始と、ペイシストラトスが被害者の「演技」をすることによって僭主政を樹立した過程とが並行して語られている。これは悲劇という新興宗教儀礼についてアテナイの旧支配層が感じていたいかがわしさを物語っている。このペイシストラトスこそ、悲劇の競演を国家的行事として創設した人物なのである。

この解釈と霊感という二つの概念から見ていくと、中動態的な演技論の系譜が見えてくるかもしれない。「解釈」と「霊感」がふたたび出会うのは、フィチーノによる『イオン』解釈である*10。これが近代の詩論や演技論に及ぼした多大なる影響は、「解釈」としての演技概念がinterpret, interpréterといった動詞とともに近代に引き継がれた要因の一つでもあっただろう。

*10 Marsilio Ficino, « In Platonis Ionem vel de Furore Poetico », in Platon, Opera a Marsilio Ficino traducta [1482初版], in Platon, Ion, éd. Jean-François Pradeau, Paris, Ellipses, 2001, p. 82-101.

しかし近代演技論において「解釈」と「霊感」は必ずしも直接に結びついていない。古代から近代にかけて、「霊感」/「解釈」概念はかなりの屈折を被ってきたようだ。その経緯はちょっと複雑なものらしい。それが見えてくれば、近代の西欧で生まれた演技概念の特殊性を、また違った角度から捉えることができるかも知れない。

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博士論文で紀元前5世紀から19世紀までの西洋演技理論史を通観したあと、2010年に発表した「アリストテレスの演技論」以来、紀元前4世紀、前3世紀、前2世紀、前1世紀と歴史をたどりなおしてきて*11、そろそろ近代も射程に入れようかと思っていた矢先に、今度は前6世紀から前5世紀にかけて起きたことが気になってきてしまった。だがそれから数年を経て、ようやくもう一度、長い旅の出発点に立てたような気もしている。

*11 Yoshiji Yokoyama, La grâce et l’art du comédien. Conditions théoriques de l’exclusion de la danse et du chant dans le théâtre des Modernes, thèse dirigée par J. –L. Besson, Université Paris X-Nanterre, 2008 ;「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」『演劇学論集』52号、2011年春号、pp. 1-25 ;「生の祝祭としての音楽劇 中期ストア派演技論における音楽的身体の復権」『演劇学論集』55号、2012年秋号、pp. 43-65 ; 「優美演技論の起源と韻文劇の論理 パナイティオス演技論をめぐる試論」『演劇学論集』60号、2015年春、p. 21-46 ;「キケロはいかにして疑うのをやめ、俳優の真情を信じるようになったか 感情主義演技論の理論的起源」『表象』9号、p. 213-229.

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年6月22日 発行