翻訳

ユク・ホイ(著)
原島大輔(訳)

再帰性と偶然性

青土社
2022年2月
複数名による共(編/訳)著の場合、会員の方のお名前にアイコン()を表示しています。人数が多い場合には会員の方のお名前のみ記し、「(ほか)」と示します。ご了承ください。

技術とはひとつの知恵である。ひとつの生き方である。ユク・ホイは技術を宇宙技芸という概念で捉え直す。すなわち道徳の秩序と宇宙の秩序を合一させる技術的ないとなみである。この観点からすれば、世のなかには複数の異なる技術のあることが見えてくる。今日ひとはしばしばテクノロジーを唯一無二の技術と見なす。世界各地のさまざまな技術はどれもテクノロジーの進歩発展という単線的な歴史のなかの一段階に位置づけられると思い込む。しかしそれは間違いである。むしろテクノロジーのほうこそが、さまざまな技術のなかのひとつなのである。それは数ある可能な技術のあくまでひとつとしての近代技術なのである。本書の技術論はこのようにテクノロジー普遍主義を相対化する。すなわち技術多様性を開く。

技術多様性は現代文明の抑圧的な閉塞を打ち破る。テクノロジーに駆り立てられて生活する現代人の目に、自然はどうしても役立つ資源としてうつる。かつてマルティン・ハイデガーはここにテクノロジーの本質を見た。すなわち総かり立て体制である。そこでは人自身もまた人的資源として絶えず有用性を計算されながら暮らす。別言すれば、ありとあらゆるものたちはみな宇宙を覆い尽くす巨大な機械ネットワークの一部品にされる。生きものは情報処理アルゴリズムに還元され、命なるものは消去される。生物と機械の境界は曖昧になり、無機的なものが有機的になる。そういう世界がいま目まぐるしい勢いで現実化の一途を辿ろうとしている。いわゆるシンギュラリティ論者やトランスヒューマニストはそれがよかれあしかれ不可避であるかのような未来予想を喧伝する。しかし技術が宇宙論的な水準からして多様であることに気づけば、そのような運命論を相対化して知を生を無数の未来に開き直すことができはしないか。

そもそも現代のテクノロジーがこうまで圧倒的となる決定的な転機は20世紀半ばのサイバネティクスの登場にあったと本書は見定める。それゆえ本書はサイバネティクス前後の思想を辿り直し、サイバネティクスの発想を別の方向に活用し直す道を探し求める。サイバネティクスはフィードバック機構という一種の再帰的なメカニズムにより、生物と機械を統一的に説明し制御しようとする。フィードバック機構によりシステムは不測の事態すなわち偶然性をシステム自身の改良に役立つ必然性に転じる。つまりそこでの偶然性とは或る総体に回収可能な逸脱、それも確率統計的な不確実性としてのそれである。この再帰の論理にはほんとうの意味での未知のものとしての偶然はない。テクノロジーに規定された今日の世界を根本で支えているのはしかしこの論理である。本書はサイバネティクスにこのようなひとつの再帰性と偶然性を見いだす。もっともそれは別の再帰性と偶然性がありうることを示すためである。はたしてそこには底なしに偶然の再帰、生命のかぎりない創造力としての再帰性と偶然性もあるだろうか。

本書は未来の多様な宇宙技芸に向けた心ある一歩である。本書が現代技術文明に喘ぐ人々を励まし未来を切り開く一助となることを願う。

(原島大輔)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年6月30日 発行