編著/共著

小野文・粂田文(編) 小野文、北條彰宏、荒金直人、熊倉敬聡、郷原佳以、藤巻るり、粂田文(分担執筆)

『言語の中動態、思考の中動態』

水声社
2022年2月
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本書は、バンヴェニスト研究者の小野文氏が勤務先の慶應義塾大学で立ち上げた中動態勉強会の成果である。小野氏が「はじめに」で述べているように、中動態は言語学において古くから研究対象となってきたが、20世紀の言語学、とりわけ1950年のエミール・バンヴェニストの論文が提示した能動態との対立図式によって、それまでとは別の角度から注目を浴びるようになった。以後、ヨーロッパではロラン・バルトやジャック・デリダ、ジョルジョ・アガンベンやブリュノ・ラトゥール、日本でも近年、木村敏、森田亜紀、國分功一郎らが言語学の枠組みを越えた中動態概念の可能性に注目し、展開するようになった。

こうした背景もあって、中動態概念に関心を抱いていた様々な分野の研究者たちが小野氏の呼びかけで集まり、関連文献を読み、それぞれの専門において中動態にアプローチする研究を発表したのが、本書所収の各論文の原型である。本紹介文の筆者は、その研究発表会のコメンテーターという大役を無謀にも引き受けてしまい、戦々恐々として当日を迎えることになった。というのも、発表の分野が言語学、ドイツ語学、哲学、思想、臨床心理学、文学と、きわめて多岐にわたっていたからである。当然のごとく、専門外の発表には拙い感想しか言えなかったが、しかし、発表のめくるめく展開に息をのむことも多々あり、中動態という「躓きの石」(小野「はじめに」)がこれだけ多分野の研究を駆動しうることに驚いた。と同時に、中動態概念を扱う手つきが論者によって様々であることにも気づいた。

中動態が各分野にとって「躓きの石」であるという小野氏の認識は重要である。本書の多様性は、分野においてのみならず、中動態概念の扱い方や活用法においても表れている。つまり本書は、明確な定義を持った中動態概念が各分野で様々な現象に同じようにあてはまることを示すものではない。目次はこちらをご覧いただければと思うが、中動態との接し方が多様なのは以下の通りである。

バンヴェニストの中動態概念に基づくテクスト読解や臨床観察が、ある種の思想や文学言語、心的現象の言語化ないし分節化を驚異的に可能にすることが十全に示され(熊倉敬聡、粂田文、藤巻るり)、あるいは、同概念の限定的な参照が行為者間の関係の解明に有用であることが示される(荒金直人)一方で、バンヴェニストの定義自体をこの言語学者の道程においてあらためて位置づけ直し、通常「主体」と訳される « sujet » の語義を再考させる画期的な研究があり(小野文)、やはりバンヴェニストにおける中動態論文の位置づけに注目しつつ、文学理論での中動態概念援用に見られる錯綜を指摘する試みがあり(郷原佳以)、あるいはまた、現代語に存在しない限りで中動態に結びつけることを慎重に避けつつ、それでもやはりドイツ語再帰動詞が主語を目的語とする他動詞とは根本的に異なるものであることを示し、かくして中動態の現代個別言語への痕跡の可能性を暗示する(けっして明示はしない)研究(北條彰宏)がある、といった具合である。この多様性において、本書は、いかなる角度からであれ中動態、あるいは中動態をめぐる現象に関心をもつすべての読者に読まれるに値する。そして何より、今後、バンヴェニストの定義を「援用」して中動態を論じよう、あるいは活用しようとするすべての者にとって、本書の小野論文は必読である。

                                                      (郷原佳以)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年6月30日 発行