編著/共著

野田 研一、後藤隆基、山田悠介(編著)

石牟礼道子と〈古典〉の水脈 他者の声が響く

文学通信
2023年5月
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石牟礼道子研究が、ここ数年で大きく進展している。そのきっかけは2018年2月10日に訪れた石牟礼の死ではなかったか。

ずいぶん前、筆者が学部生の頃には「存命の作家を卒業論文で扱うのは望ましくない」という不文律がまだ残っていた。厳格さはすでに薄れつつあり、かくいう筆者も井上ひさしを題材に卒論を書いたのだが、生きている作家は……という感覚は、そこはかとなく共有されていた。今では自分たちの同時代作家を研究することに制約も制限もない。むろん、以前からそれが不可能だったわけではないが、作家を「研究対象」として相対化するうえで、その「生/死」は重要な意味をもつ。石牟礼道子にかんする研究や言及が増えたのは、やはり石牟礼の「不在」がひとつの要因になっている気がする。

本書の「はじめに」でもふれられているように、出版企画の起点となるシンポジウムが開催されたのは、期せずして石牟礼の死から約1週間後。そこで問題提起したのは、本書のタイトルにもなっている、石牟礼道子と「古典」をめぐる関係の問い直しであった。従来明確化されていなかった石牟礼文学における「古典」の具体的な典拠や影響関係が提示され、本書の基盤となる種々の議論がおこなわれた。

上記のシンポジウムからうまれた本書における「古典」は、いわゆる「日本古典文学」だけを意味するのではない。石牟礼が意識的/無意識的に摂取・受容し、自作に昇華した、さまざまな位相の「古典」的なる言葉──「他者」の「声」の交響する様態を、具体的な作品に即して明らかにし、幾重ものテーマを内包する文学表現の拠って立つ深奥に迫りたい、そう考えたのである。

そのため本書では「古典」という鍵語を視座に、諸分野の研究者の論文にくわえて、石牟礼の言葉に応答する現代の表現者のエッセイやインタビューを収録し、多角的に石牟礼道子に肉迫するアプローチの提示を試みた。また、現在の石牟礼研究を牽引する野田研一氏と山田悠介氏とともに、門外漢の筆者が編者に名を列ねていることじたい、石牟礼道子の豊饒な文業が多彩な切り口を許容しうる証左といってよい。本書が、可能性に満ちた石牟礼道子研究のさらなるひろがりに資することを願う。

(後藤隆基)

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年10月17日 発行