トピックス

国際シンポジウム 「イレズミ・タトゥーと多文化共生」および関連イベント

報告:大貫菜穂

① 3月30日(土)
「イレズミ・タトゥーと多文化共生── 「温泉タトゥー問題」への取り組みを知る」

【オープニング】山本芳美(都留文科大学 教授)

【第1部】Matt Lodder(Essex大学 上級講師)
大貫菜穂(京都造形芸術大学 非常勤講師)
千葉雅也(立命館大学 准教授)

【第2部】温泉タトゥー問題の現状 
飯塚玲児(温泉ジャーナリスト)
サイト紹介「タトゥーフレンドリー」
川崎美穂(サイト責任者)

【共同討議・質疑応答】
司会:北山晴一(立教大学 名誉教授)

② 3月25日(月)
「タトゥー・アート・アーカイブ──身体とその展示を考える」(共催:科研費基盤研究(C)「ポストヒューマニズムの時代における芸術学の再構築に向けた総合的研究」)
司会:門林岳史(関西大学 准教授)

【トーク】「『英国タトゥーの真実』展関連トーク」Matt Lodder(Essex大学 上級講師)

【ディスカッサント】佐藤知久(京都市立芸術大学芸術資源研究センター 准教授)
牧口千夏(京都国立近代美術館 主任研究員)

政府のインバウンド政策や2020年の東京オリンピックといった機運により外国人観光客が急増する社会情勢の中で、現代日本のイレズミ/タトゥーへの偏見やそれに基づく摩擦といった問題にどう向き合うのか。これを背景に、日本のイレズミ/タトゥーに携わる研究者が領域を横断して知を共有し、国外のタトゥー研究との連携をも目的として、科研費新学術領域研究No.17H06340「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築──多文化をつなぐ顔と身体表現」の助成を受け、2018年度より公募班A01-K105「顔・身体表現から検討するトランスカルチャー下の装飾美」のプロジェクトが開始された。

本稿はその成果である、二つのシンポジウムについて報告する。本企画の大きな軸は、タトゥーや身体改造の研究者でイギリスのNational Maritime Museumで「Tattoo: British Tattoo Art Revealed 」展を成功させたMatt Lodder上級講師(エセックス大学)を招聘することであった。明治期日英のイレズミ/タトゥー交流史と、現代日本とヨーロッパにおけるタトゥー・カルチャーの受容状況を議論し、その文化的意義や社会への還元方法を模索するためである。

30日は第一部「芸術・哲学からのイレズミ考察」、第二部「温泉タトゥー問題の検討」の二部で構成された。第一部では、まず、Lodderが明治維新後の日本のイレズミがジャポニスムの文脈に沿ってロンドンやニューヨークなどで消費・流通された経緯を説明し、日本人彫師が西洋で生計を立てるには西洋人コレクターや西洋タトゥーのコンテクストをいかに掴み、戦略的にならなければいけなかったのかを提示した。次に大貫菜穂(京都造形芸術大学 非常勤講師)が、日本と英米のイレズミ/タトゥーについて、モチーフをシンメトリックに配置し、かつ巧みに隙間を埋めることが身体全体のデザインに直結する英米のヴィンテージ・タトゥーと、アシンメトリーに配置された主題や副題を「額」で統合し身体を覆うようにデザインする日本のほりものという、絵画的構成における対比を示し、その各々をミシェル・セールの「触覚的・地図的・パーツ的な皮膚とイレズミにみる身体像・自己像」および坂部恵の「人の顔=皮膚=〈おもて〉のかたどり・かたりとしての述語的自己像・身体像」という言説に接続できるとした。第一部の最後は、千葉雅也(立命館大学先端総合学術研究科准教授)が、グローバル資本主義社会における主体形成の一方法としてのイレズミ/タトゥーを、ラカン派精神分析やカトリーヌ・マラブーの哲学に基づいて整理した。曰く、イレズミ/タトゥーは、自己同一化のための特別なイメージ「エンブレム」となり得、それは、グローバル資本主義的な流動性の中でエンブレムを渡り歩くフレキシブル・タトゥー、グローバル資本主義のストレスによって排他的になり硬直したリジット・タトゥー、フレキシビリティとリジリティの緊張関係やそれらへの批判意識によって成り立つプラスティック・タトゥーの三種に分類される。資本主義社会に流される訳でも頑固に殻に閉じこもるのでもない、可塑性に富んだプラスティック・タトゥーには現代の新たな自他関係を築く可能性があると述べた上で、純粋にこれを成立させるバランスはそう容易くないとした。 総じて第一部では、近現代の形式的・意味的あるいは文化的・社会的形成や、そこから変質したイレズミ/タトゥーにどのような可能性が開かれているのかを考えさせられることとなった。

第二部では、今の日本が直面している温泉タトゥー問題に対して活動や執筆を行っている二名がプレゼンテーションを行なった。飯塚玲児は、まず、イレズミ/タトゥーを入れた人が温泉等施設を利用するにあたっての観光庁の指針に日本在住者への配慮が見られない等の問題を挙げ、その上で温泉業界のイレズミ/タトゥーの対応に関するアンケート調査の成果を述べた。100件のうち回答が得られた37件のアンケートから導き出されたこととは、温泉を管轄する団体や行政が積極的に温泉タトゥー問題を解決する姿勢に乏しいということである。業界各団体がこの問題を他人事とせずに積極的かつ継続的に話し合いをすることが望ましいと提言された。次に、日本語・英語バイリンガルで各施設のイレズミ/タトゥーの対応情報を発信する「Tattoo Friendly」https://tattoo-friendly.jp/ja/を運営する川崎美穂が、サイトの解説やそこからの展望を述べた。サイトは、入浴の可否に留まらず、利用者と経営者が相互に魅力を発見し尊重し合う関係性を想定して設計されているという。これは例えば、イレズミ/タトゥーを入れた日本在住者が最初から入浴施設の利用を諦めることなく積極的に魅力ある施設を発見する活路を開く「選べる楽しさ=多様な選択肢の提示」の重視、地域の人が長らく守ってきた温泉資源への思いの掲載、英語サイトでは温泉を調べることで旅全体が充実する情報を提供する等の配慮である。そして、近年イレズミ/タトゥーが条例で取り締まられがちな海水浴場を挙げ、「ただ排除すれば良い」と差別視するのではなく、ライフスタイルが多様化する中で様々な人が浴場を利用できるような緩やかな住み分けが必要だと、事例を挙げつつ提言した。

本シンポジウムは、学術関係者以外に入浴施設等の経営に関わる来聴者が多くを占めていた。それゆえ、イレズミ/タトゥーを文化や人それ自体の問題として論じることと温泉タトゥー問題の解決に寄与する実際的な提言を行うことの両輪で協議する稀有な機会となった。

25日の関西大学梅田キャンパスでの関連企画では、Lodderが手がけた展示はさることながら、大規模展覧会を含むTattoo展が近年複数の国で開催されている状況を背景に、以下のテーマを設定した。すなわち、本来は人の死とともに失われるイレズミ/タトゥーを保存し展示するとはいかなることか、それを芸術やファッションなどの制度内に組み込むことを想定した際の諸問題、イレズミ/タトゥーの社会的・文化的蓄積に対するアーカイブと知の共有方法の模索である。Lodderの「Tattoo: British Tattoo Art Revealed 」展のプレゼンテーションを踏まえ、司会に門林岳史(関西大学文学部准教授)、ディスカッサントに佐藤知久(京都市立芸術大学芸術資源センター准教授(当時))と牧口千夏(京都国立近代美術館主任研究員)を招き議論を行った。

討議で示唆的だったのは、現在の価値の定まっていないイレズミ/タトゥーに文化的・社会的価値を付与するのではなく、まず収集家やタトゥーイストの頭の中にあるものを可視化して紹介し、判断をなんら与えずに議論のテーブルに一旦載せ、対話のアリーナを戦略的に作ることの重要性である。イレズミ/タトゥーに関する書物の記録と実際の証言の隙間を埋めること、過去と現代のイレズミ/タトゥーの紹介を両立させること、ボトムアップな方法でイレズミ/タトゥーをヴァナキュラーな文化史としてミュージアムで保存展示すること、そしてイレズミ/タトゥーを研究者が一種の研究資源として残すにしろコミュニティ・アーカイヴのように当事者が残すにしろ、この全てに対話が存在しなければならないことは確かであろう。

(大貫菜穂)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2019年10月8日 発行