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おいしい学会を目指して

三浦哲哉

青山学院大学で開催された第十一回研究発表集会において、実行委員長を務めさせていただいた。おもな仕事は、スケジュールを管理しつつ、諸連絡が円滑に進むよう調整し、しかるべく人員を配置するというもので、基本的にやるべきことは決まっているのだが、それなりに自由に提案できることに、空間設営がある。そこでやろうとして果たせたこと、果たせなかったことについて、ここに書かせていただくことにする。

ささやかながら、飲食の充実した学会にすることを目指したいとひそかに思っていたのだった。「よいリーダーは、よいシェフのことだ」という、映画『ミュンヘン』の主人公アブナーの台詞がある。一日の終わりに出てくる食事がよければ、協力者たちの不満を抑え、次もよい働きを期待することができる、という知恵が述べられていたのだが、私にもそれは真実だと思われた。もちろん予算は限られているわけだが、さいわい、青山学院大学に併設されている宴会場のアイビーホールは、結婚式場としても評判が良いらしく、優秀なスタッフを抱え、料理のポテンシャルは高い、とつねづね思っていた。そして、担当者との複数回におよぶ打ち合わせの結果、以下のメニューが完成した。

Cold dish
豚肩ロースのチャーシュー
カジキのスイートチリ風味
クロワッサンサンド
カボチャのサラダ

Japanese
カリフォルニアロール
鮮魚の唐揚げ茸餡かけ

Hot dish
ビーフポテトグラタン
チキンのゴマ酢風味
シャケ炒飯
スパゲティー・ボスカイオーラ
ピッツア・マルゲリータ

Dessert
デザート盛り合わせ
コーヒー

安価な食材しか用いることができないという制約のなかで、季節感を感じさせつつ飽きのこない、なおかつボリュームたっぷりのものになり、本当にすばらしい工夫をしていただいたと思っている。見栄えもよかった。これが、実行委員長として果たせた達成である。ただ、残念だったのは、参加者の数が予定より若干少なかったこともあり、この料理がけっこうな量、余ってしまったことだった。前もって、もっと宣伝しておけばよかったかもしれない。

飲食の充実した学会、という私の目標には、あるモデルがあった。一昨年に台湾の國立中興大学で開かれたアジアン・スタディーズの国際学会に参加し、そのホスピタリティーに大いに感銘を受けていたのだ。運営者によれば、努力の甲斐あって潤沢な助成金を得ることができたとのことだったが、いたれりつくせりとはこのことか、という歓迎ぶりに、文字通り脱帽した。夜は地元の名店に案内されて舌鼓を打つことになったりもしたのだが、もちろん、それは相当の予算がなければ真似のできることではない。真似ができるのではと思われたのは、コーヒーのサービスだった。

講演やパネル発表の合間に、いつでも熱いコーヒーが飲めるよう準備されているのだ。たしかスターバックスからタンクが届けられていたのだと記憶する。会場はコンパクトにまとまっていて、その中央にちょうどいいラウンジがある。さらに、そのラウンジから一歩、外に出ると、熱帯地方の植物が生い茂って木漏れ日をつくり、なんともくつろいだ気分にさせてくれる。午後には一度、お茶菓子まで出された。学会発表を聞いて疲れた頭に、甘い食べ物はとても魅力的だ。それらを物色していると、同じパネルを聞いていた方と会釈を交わし、その感想を言い合いながら、コーヒーも飲みつつしばし歓談、ということにもなる。歓談が興じてくると、パネルはすこし後回しにしていよいよ四方山話に花を咲かせることになる、というような光景も散見された。それはそれで有意義にちがいない。巻きたばこを、喫煙所でであったスモーカー仲間に振る舞っている方もおり、私も一本、頂戴した。この人とはもう友だちになったというかんじがしている。

日本の学会で、ほかの参加者と言葉を交わしあった記憶は、だいたい宴席か喫煙所と結びついている。なにもない廊下で手ぶらで話す、ということももちろんあるが、間をもたせる何かがほしいと個人的には思う。とくに、所属の異なる方に挨拶して、というタイミングをはかることを容易にしてくれる空間があるとありがたい。だが、それが酒とタバコだけなのだとすると、いかにも閉鎖的で、貧しい。だから、会場設営者が、ラウンジに熱いコーヒーを用意する台湾の学会の光景に、望ましい姿を見た思いがしたのだった。

というわけで、自分が委員長になった機会に、コーヒーの提供を、と考えてみたのだが、力及ばず、実現には至らなかった。都心に位置するこのキャンパスではゆとりをもった空間設営をすることが難しく(土曜であるにもかかわらず、すでに教室はセミナーや別の学会の予約でだいぶ前からほぼ一杯だった)、パネル会場が分散してしまったこと、そして、参加者にとって拠点となるようなラウンジを設けることができなかったからだ。このプランは、しかし、将来どこかで実現してほしいものだと願わずにいられない。

それからもう一点。国外の学会の参加経験が少ないので、こういうことが例外的なことなのかどうかわからないのだが、その台湾の学会では、参加者の子ども(小学生ぐらい)がパネル会場に出入りすることが普通に許されており、その光景も非常に印象に残った。もちろんパネル発表を聞いているわけではなく、iPadでゲームなどをして時間を潰しているということなのだが、親の参加者は楽だろう。ちょっとした英才教育になる可能性だってある(辟易する可能性もあるだろうが)。パネルの合間には、子どもを介して親の研究者同士での交流も見られた。こういうチャンネルもあるのはいいことだろう。とにかく風通しがいいことこのうえないのだ。おおらかな台湾の風土がなければ実現できないことではあるまい。

三浦哲哉

広報委員長:横山太郎
広報委員:江口正登、柿並良佑、利根川由奈、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2017年3月29日 発行