小特集:アーカイヴの表象文化論

寄稿1 ゲームアーカイヴをめぐる理想と現実について 日欧米の所蔵館の調査と近年の動向から

向江駿佑

1. 新しいメディアを保存することの難しさ

「1895年、1897年、あるいは少なくとも1903年に、誰かが映画という新しい媒体(メディウム))の出現が持つ根本的な重要性を認識して、包括的な記録を作っていたらよかったのにと思う─観客へのインタビューとか、年ごとに発展していくナラティヴの戦略や、舞台背景画法や、カメラの位置の体系的な説明とか、出現しつつある映画言語が同時代の多種多様な大衆的娯楽と取り結んでいる関係の分析といった記録である。残念ながら、そのような記録は存在しない。代わりに残されているのは、新聞記事、映画の発明者たちの日記、映画上映の番組表、その他諸々の断片といった、行き当たりばったりの、むらのある形で配布された一連の歴史的サンプルである。
今日、私たちは新しい媒体の出現を目の当たりにしている…映画が生まれつつあった100年前とは違って、私たちはこのニューメディア革命の重要性を十分に意識している。だが、残念ながら、未来のコンピュータ・メディアの理論家と歴史家たちの元に残されることになるものは、映画の最初の数十年における新聞記事や映画の番組表に相当するものと大差ないのではないか*1」。

*1 レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語』堀潤之訳、みすず書房、2013年、41頁。

今世紀初頭に、Manovichが19世紀末の映画黎明期と20世紀末におけるニューメディアの勃興を比して述べた上記の危惧は、今日現実のものとなりつつある。その背景には、たとえそのメディアの重要性が認識されていたとしても、新しいメディアの登場後しばらくは、網羅的かつ統一された形で記録・保存をおこなう公的な機関が存在しないという避けがたい問題がある。

現在、映画にかんしては各地にフィルムセンターや大学などの研究・保存機関があり、それらの一部ではテレビ番組などの保存もおこなわれている*2。だが、今日我々が動画・写真や紹介記事、論考などによって知るOsmose (Davies, 1995)*3が1995年と同様の直接的な体験とは異なるように、インタラクティヴなメディアの保存には既存のアーカイヴではカバーしきれない部分がある。しかし、媒体やインタフェースが多岐にわたるニューメディアを一切の媒体転換なしに保存することは、規格の陳腐化の速さや、操作感覚を維持しながらの別媒体への移植の難しさなどの点で、本や映画などのオールドメディア以上に困難をともなう*4。ニューメディアの世界においては、わずか20年前の作品でさえ歴史的な遺物になりうるのであり、またすでに失われつつあるのである。

*2 丹羽美之「アーカイブが変えるテレビ研究の未来」『マス・コミュニケーション研究』 75号、2009年、53-58頁。
*3 http://www.medienkunstnetz.de/works/osmose/images/1/
*4 後藤敏行「コンピュータゲームアーカイブの現状と課題」『情報の科学と技術』60巻2号、2010年、69頁。

こうしたニューメディアの中でも、短命化の傾向がとりわけ強くあらわれているものの一つがコンピュータゲームである。ハードの交代時期を考えると、ほとんどの機種が5、6年ほどで姿を消していくにもかかわらず*5、カセットやディスクといった物理メディアを用いる場合、ハードが対応するのは現行のフォーマットのみか、せいぜい一世代前までの下位互換が主流となっている。したがってプレイアブルな形でゲームを保存するには、環境全体を次世代のデジタル形式へと移植するマイグレーション、ソースコードを流用するエミュレーション、あるいはハードを含めた物理的なプレイ環境自体を保存する博物館型のいずれかを選択することになる*6。しかしゲームの保存作業、つまりゲームアーカイヴの作成は、いまや各国において産官学を横断する公的な取り組みとなっているにもかかわらず、実作業と方向性の両面で依然として手探りの状態が続いている。

*5 現在主流となっている3社の据え置き型ハードをみても、1994年のPS発売以降、次世代ハード登場までの期間は、平均でSIE (PS) 系6.33年、任天堂系5.25年、マイクロソフト系6年である。
*6 後藤、前掲論文、70頁。

2. 何をどう保存すべきか

ゲームを保存するうえでまず問題になるのが、具体的に何を保存の対象とするのかということである。一本のゲームソフトにおいても、「動画キャラクタと背景画」「効果音と背景音楽」「ゲームの展開順序」「コントローラのボタン操作とゲーム画面の関係」「ゲーム全般の操作感覚」などの諸要素が関係している*7。この内の一つあるいは複数の要素の記録だけでいいのか、あるいはすべてを残さなければならないのか。前者の場合、たとえばグラフィックとサウンドならば、エミュレーションやビデオ化だけで再現可能な場合もあるだろう。だが操作感覚の再現性を含めた記録となると、現物の保存が必要になる。

こうした事情を踏まえたうえでとるべき指針については、すでに多くの提言がなされている。なかでもWingetの整理は、コンピュータゲームのアーカイヴにおける一つの理想像を示している*8。彼女の主張を端的に述べると、1) コンソールゲームではエミュレーションもアーカイヴのための選択肢となる。2) MMORPG(大規模多人数参加型オンライン・ロールプレイングゲーム)の場合は、まず何がゲームの一次的な要素なのか判別しなければならない。また、3) ゲームはそれ自体で完結したものではなく、そのゲームを取り巻く環境の一部であると考えていくことが必要である。つまりあるゲームがどのようなコンテクストのもとでプレイされていたのかという事例についても、並行して収集しなければならない。4) そのためには国家レベルの戦略も有用であり、各地の所蔵館を連携させ、収集・保管・展示にかんする情報を共有させることが望ましい。それによって、5) プレイヤーとゲームの関係性、およびゲーマー間の関係性をより詳細に記述していくことが肝要である、ということになる。彼女は具体的な方法論についても子細に検討しているため、実際の作業現場において参照されているが、より包括的な部分でも同様に現場に影響を及ぼしている*9

*8 Winget, Megan A. "Videogame preservation and massively multiplayer online role‐playing games: A review of the literature." Journal of the Association for Information Science and Technology 62, no. 10 (2011): 1869-1883.
*9 Wingetを含むいくつかの文献はRCGSの福田一史氏より紹介されたものである。

ゲームアーカイヴは保存以外にも多層的な側面をもつため、図書館員やアーキビストなどの実践的な立場ではないところからも注目されている。たとえば松永は、芸術学の立場からゲームアーカイヴのための理論的なモデルを構築することを試みている*10。彼は演劇やCDなどを「出来事芸術」として分類し、そこにゲームも含まれるとしている。他方で作品を非自動的に例化するパターン(演劇やライブパフォーマンスなど)を狭義の上演芸術、自動的に例化するもの(CDや映画など)を再生芸術としたうえで、ゲームは自動的な例化が行われる点で再生芸術に近いが、受容者からも非自動的に例化される点でそれらと区別されるとする。そして「自動性を持つ芸術は、自動化のための機械を物として保存できる」、すなわちゲームもまた現物保存が可能であるが、「上演者とその技術は物として保存できない/なんらかの仕方で残そうとすれば、記録(映像、写真、ドキュメント、etc.)というかたちになる」ため、関連資料も並行して保存することが肝要であると主張する。またゲームは多段階芸術であるため、「制作物自体に加えて、例化のための機械、入力行為のあり方の記録なども残すことが重要」であることも指摘している。

*10 松永、前掲スライド。

Wingetと松永はそれぞれ異なる関心から出発しているが、両者の主張は大筋で重なっている。すなわち事物の保存とそれを取り巻くコンテクストの記録を並行しておこなうことが、ゲームアーカイヴにおいても求められているのである。

3. 日欧米各地域における取り組み

理論的なレベルではある程度道筋がついているようにも思えるが、こうした理想はやはり現場においては容易には達成できない。そのため各地でさまざまな次善の策がとられている。ゲーム所蔵館にかんする報告はこれまでにもいくつかあがっているが*11、ここでは筆者が実際に滞在した経験をもとに、各館の特徴や最新の動向について述べる。

筆者は2017年8月から2018年2月にかけて、コンピュータゲームのインタフェースにかんする調査のために、アーカイヴをおこなういくつかの拠点を訪れた。以下ではその時の調査や立命館大学ゲーム研究センター(RCGS)が毎年発行している報告書*12、各施設の公式サイトの情報などから、米ストロング・ナショナル遊戯博物館およびライプツィヒ大学、そして筆者の所属する立命館大学の付属機関であるRCGSという日欧米のゲームアーカイヴの現状を報告するとともに、各施設におけるアーカイヴの活用に対する姿勢について比較検討する。また、三拠点を含めほとんどの所蔵館はいまのところ異なるポリシーのもと個別に活動しているが、他方でWingetが述べたような、概念的モデルを共有するための試みが始まっていることも紹介したい。

*11 本稿では紙幅の都合と媒体の特性に鑑みて、個別の事例から目下の課題を前景化することを優先した。国内外のゲームアーカイヴの歴史や全体像については、後藤の前掲論文や、立命館大学ゲーム研究センター「ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業実施報告書」(平成27年度より毎年刊行)を参照。
*12 注11を参照。

3.1 各所蔵館の概要

3.1.1 ストロング遊戯博物館(The Strong National Museum of Play, Rochester, New York*13

*13 以下ストロングにかんする情報は、とくに記載がない場合、「平成27年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業実施報告書」および筆者の現地調査による。

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ストロング博物館には日本製アーケードゲームもある。以下写真はすべて筆者撮影。

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ライブラリーでは、事前に申請すれば滞在期間中個人スペースが与えられる。

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旧式のパソコンゲームなどは、オリジナルの環境かエミュレーションによってプレイ可能

  • 所在地
    • 米国、ニューヨーク州ロチェスター市
  • 設立目的
    • 「遊戯と、教育・想像性・文化史における発見と啓蒙に資する方法を探求する*14
  • 沿革
     1968年 Margaret Woodbury Strongのドール(人形)コレクションをもとに開館
     2006年 遊戯に特化した博物館としてリニューアル
     2009年 The International Center for the History of Electronic Games 開設
  • 所蔵数
    • ゲーム関連アイテム約55,000点(うち日本製ゲームソフト約9,000本)
    • コレクションにはゲームハードやソフト現物のほか、関連書籍や図面、パンフレット、関係者のメモなどを含む。
  • アーカイヴ範囲
    • 全タイトルを網羅的に入手することはせず、以下の3つの方針に合致するものを購入している。 
        1. 対象がデジタルゲームやその他のエリアを代表しうる作品と考えられるとき
        2. 希少なタイトルやコレクションがオークションなどに出品されたとき
        3. 特別展の実施や研究者の滞在のために特定の物品を購入する必要があるとき
  • 保管について
    • アーケードゲームの保存のため、空調機で温度・湿度を調整している。ゲームカセットは、ソフト本体・箱・取扱説明書など一式をそのまま入れる形で保管しているが、経年劣化対策はしていない。運営側もこの問題を認識しているが、予算的な制約があり対応できていない。なお、アーカイヴ資料は禁帯出となっている。
    • 所蔵品の一括管理のためのデータベースとして、ARGUS*15を利用している。アーカイヴにおいては作業効率を重視しており、たとえば所蔵品のID登録の際、同種の品目を同一IDにまとめて検索を容易にしたりはせず、同じタイトルでも機械的に個別のIDを割り振っている。
  • 一般公開
    • 一般来場者用フロアで公開しているのはごく一部にとどまっており、コレクションの多くは地下の倉庫と3階の研究者用ライブラリーに収納されている。
  • オンライン・データベース
  • 研究支援体制
    • 研究者の受け入れや研究費助成制度がある*16
    • 研究者用ライブラリー(Brian Sutton-Smith Library and Archives of Play)では、事前にオンライン目録をもとに作成したリストを提出して資料の用意を依頼できる。ライブラリーに隣接する資料室にはゲームクリエイター本人や関係者から貸与・寄贈された資料が保管されており、とくに初期のゲームにかんするものはここでしかみられないものが多数ある。
    • コピーは有料だが、フラッシュなしでの写真撮影が可能。

*14 http://www.museumofplay.org/about/mission
*15 カナダLucidia社製。コレクション管理では定番の有料データベース。
*16 目的に応じて600〜2000ドルが支給される(http://www.museumofplay.org/research-publications/research-fellowships)。2013年〜15年度はそれぞれ30、53、51名を受け入れている(研究費支給の有無は問わない。「平成27年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業実施報告書」47頁)。

  • 3.1.2 ライプツィヒ大学 [j]Games Lab

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[j]Games Labでは約4,500本の日本製ゲームが常時プレイ・録画可能。

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保管のための特別な設備はなく、貸し出しも可能なゲームの図書館として運用されている。

  • 所在地
    • ドイツ、ザクセン州ライプツィヒ市(ライプツィヒ大学図書館内)
  • 設立目的
    • 「日本のゲームソフト、並びに日本のゲーム文化についての情報を可能な限り幅広く収集し、研究・授業・学生プロジェクトの目的で利用できる「ゲームの研究図書館」を設立する*17
  • 沿革
    • 2015年 上記目的のため、ライプツィヒ大学東アジア研究所日本学科所管でライプツィヒ大学図書館内の一室に開設。
  • 所蔵数
    • 約4500本(2016年時点)*18
  • アーカイヴ範囲
    • ほぼすべてがCERO(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)より寄贈を受けたもの。2002年頃~2015年までのCERO審査済み日本製ゲームが多い。その他、日本学科および図書館の予算にて購入した対応ハードや周辺機器など。
    • PCエンジンやドリームキャストなど、CERO審査導入以前の旧世代機も日本より輸入している。
  • 保管について
    • 物理的なアーカイヴを専門とする職員はおらず、特別な工夫はない。温度・湿度調整は在室者用のみ。
  • 公開範囲
    • ラボは施錠されているため、常時アクセス可能なのは日本学科を中心とするゲームを研究している教員・大学院生と、許可された客員研究員のみ。ただし授業などで必要な場合は、メンバー同席のもと学部生も入室可能。
  • オンライン・データベース
    • 現在非公開だが、管理用の所蔵品リストがある。
  • 研究支援態勢
    • ラボはミーティング・研究会用スペースとしても使用されている。
    • 2台のモニタおよび録画装置によってあらゆる機種のプレイ動画が記録可能。
    • PCやiPad、所蔵ゲームは自由に使用可能。常時アクセス可能なメンバーならば、ノートに記録するだけで貸し出しもできる。

*17 http://home.uni-leipzig.de/jgames/ja/イニシアチブについて/
*18 http://home.uni-leipzig.de/jgames/ja/blog/新しいラボにようこそ!/

  • 3.1.3 RCGS (Ritsumeikan Center for Game Studies)

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RCGSは頻繁にレイアウトを変更しているため、現在はまた配置が変わっているが、保管スペースの確保は、ゲームアーカイヴにおいても悩みどころとなっている。

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とくに温度と湿度の面にかんしては、博物館レベルの慎重な管理がおこなわれている。だがデータベースで検索できるとはいえ、この中から(さらに別室にもある)複数のソフトを探し出すのは相当面倒な作業ではある。

  • 所在地
    • 日本、京都市北区(立命館大学内)
  • 所蔵数
    • 7,125本*19
  • 設立目的
    • 「本センターは、伝統的な遊具や玩具から最新のテクノロジーを用いたゲームまで、幅広いゲームと遊びを対象とし(…)専門的かつ総合的な研究を行っていきます。また、この分野での産学官連携をいっそう促進するために、行政機関・公的機関とゲーム関連企業・関連団体を橋渡しする役割を積極的に果たしていくことをミッションとしています。*20
  • 沿革
    • 2011年 立命館大学衣笠総合研究機構の機関として開設
    • 2012年 文化庁「メディア芸術デジタルアーカイブ事業」に採択(他機関と共同)
    • 2013年「International Video game Preservation Conference 2012 -ビデオゲーム~保存?忘却?世界はどう考えているか-」開催
    • 2017年 所蔵品オンライン閲覧目録公開
  • アーカイヴ範囲
    • ゲームソフト(家庭用およびパソコン用)・ハード・周辺機器、ボードゲーム、パソコン・ゲーム雑誌や攻略本、一般誌のゲーム特集号、白書、専門書など関連書籍
  • 保管について
    • 保管部屋、作業部屋、管理担当者のオフィスの計三室からなる。
    • 保管部屋には各種ソフトとハード、周辺機器、ディスプレイなどがあるため、温度・湿度管理を厳格におこなっている。
    • 作業部屋にはデータ登録中などの一部の所蔵品と、作業に必要な雑誌・書籍があるが、温度・湿度はある程度作業者に合わせて調整している。
    • 管理担当者のオフィスにはゲーム関連書籍や雑誌のほか、アーカイヴ構築に関連する理論的な書籍や、過年度の報告書およびイベント資材などがある。来客応対もここでおこなうことが多いため、原則的に在室者優先の環境となっている。
  • 公開範囲
    • 作業時以外は全ての部屋が施錠されており、常時アクセス可能なのは、RCGSにおける諸プロジェクトの管理・作業担当者かつ立命館大学に籍をおく教員・研究者・大学院生・学部生のうち、業務上必要とされた者のみ。
  • オンライン・データベース
  • 研究支援態勢
    • 常設の研究用環境はない。データベース作成やWeb情報の収集のためのプログラム作業が施設内における活動の中心であるため、それに差し支えない範囲でのみ機器の貸し出しや、一時的な環境の構築(プレイ動画の録画など)が認められている。
    • 機器の貸し出しは管理者によっておこなわれ、データベース上で記録している。

*19「平成29年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業実施報告書」41頁。登録作業が終わっているもののみ。
*20 http://www.rcgs.jp/p/about.html

3.2 各施設のアーカイヴ方針の違い

上記のように、各所蔵館はその設立経緯や目的によって、かなり異なる方針をとっている。各館の考え方の違いがもっとも明白に現れているのが、所蔵品を用いた研究支援の態勢についてである。ストロングとライプツィヒは保管より活用を重視しており、逆にRCGSは相対的に長期保管を重視していると言えよう。だが、所蔵品を利用しやすい環境を構築するにはそれなりの空間や管理コストが必要となるほか、保管のみの場合に想定されている以上の劣化対策も必須となる。商業施設でもあるストロングでは、各分野に専門の職員をおいて厳格に管理することで、コレクションの状態を常に把握することに努めている。一方ライプツィヒでは、現状では長期保管のための予算の確保まで手が回らないこともあり、むしろそれにこだわらずにコレクションを積極的に活用することに重心をおいている。

他方でRCGSにおいても、ゲーム研究の裾野を広げるために、所蔵品を使用したゲーム体験会が有志によって定期的におこなわれているという事例がある*21。これは必ずしも金銭的・人的資源が豊富ではない保管施設において、アーカイヴ活用の有効な選択肢となりうるのではないだろうか。今後はアーカイヴの管理側だけでなく、利用する研究者側がイベントやプロジェクトに積極的に関与していくことが、コレクションの死蔵を避け、かつ低コスト・低負担で運用していくための鍵となるだろう。

*21「テマティックゲーミング第五回。今回のお題は音楽ゲーム。音ゲーではなく、音楽ゲームです。遅くまでやってますので、衣笠にいてお時間とゲーム愛がある方は、アカデメイア三階に遊びに来てください。」@H_YOSHIDA_1973(https://twitter.com/H_YOSHIDA_1973/status/834656210062241792)

3.3 所蔵館間の連携

ここまで方針の違いを強調してきたが、所蔵館同士での概念モデルの擦り合わせも始まっている。日本においては、たとえば2015年から内閣府主導で横断的なデジタルアーカイヴの作成が議論されており*22、また同年に別途開始された文化庁事業の一環として、国内外のゲーム所蔵館同士の連携も模索されている(本稿で取り上げたストロング・ライプツィヒ・RCGSを含む)*23。また国内で正規に販売されたゲームのメタ情報*24についてはすでにオンライン検索が可能であり*25、今後各施設の所蔵品において、データモデルの共有とそれに沿った入力体制、さらにこれをシェアする仕組みの整備が進めば、各地でのアーカイヴの利用が容易になることが期待される。

*22 内閣官房知的財産戦略推進事務局「コンテンツのデジタル・アーカイブに関する今後の取組について」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2015/dai8/siryou1.pdf#search=%27ゲームアーカイブ所蔵館連携%27
*23 「平成27年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業実施報告書」3頁。
*24 FRBRモデルでいうところの体現形のデータ。
*25 「メディア芸術データベース」https://mediaarts-db.bunka.go.jp/gm/?locale=ja&display_view=sp

4. オンラインゲームの保存

最後に、オンラインゲームについても言及しておきたい。鎌田らによれば、米国の国家プロジェクトPreserving Virtual Worldsをはじめ、すでに各国で長期保存に向けた取り組みが始まっている*26。そこでは非オンラインゲームとの大きな違いとして、「どの時点で保存するのか」が問題となっている*27。オンラインゲームはしばしばアップデートがおこなわれるため、Wingetが言うように一次的な要素の確定から始めなければならないのである。

*26 鎌田隼輔、細井浩一、中村彰憲、福田一史「オンラインゲームのアーカイブ構築に関する基礎的研究: PRESERVING VIRTUAL WORLDS FINAL REPORTをめぐる論点整理」『アート・リサーチ』15号、2015年、73-85頁。
*27 もっとも、オンライン非対応のゲームにおいてもDLC(ダウンロードコンテンツ)や修正パッチの増加によって同様の現象が起こり始めているため、これはオンラインかどうかではなく、ゲームアーカイヴ全体の問題として扱うべきである。

もう一つの問題として、コードの保存の難しさがある。韓国に本拠をおくネクソン・コンピュータゲームスは自社のミュージアムに数千点のゲーム関連品を保存しているが、自社製品であってもすでに稼働を停止した作品、とりわけ担当スタッフがすでに退社しているものについてはサルベージが困難な状況にある*28。業界大手かつコンピュータゲームミュージアムを運営するネクソンですらアーカイヴに人的資源を割く余裕がない現状では、業界団体によるオンラインゲームの包括的な保存は、現実的な段階には至っていないと言わざるをえない。そのため、こうしたオンラインゲーム関連企業も含めた所蔵館連携の枠組みの構築が検討されている*29

*28「平成29年度 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業実施報告書」75頁。
*29 同、73-77頁。

5. 結論

一連の海外調査の途中、デンマークのロスキレ市にあるヴァイキング博物館を訪れたことがあった。この地はかつてヴァイキングたちの主要な根拠地の一つであり、船や衣服など彼らにまつわる伝統的な品々が、当時の技術によって再現されている。その中で、精巧に復元された巨大な戦闘用カヌーの隣に、発見時の状況を述べた数行の説明とともに小さなサイコロとボードのようなものが並べてあった。同行した現地のゲーム研究者は「おそらくゲームと思われるが、遊び方やこれにかんする言説は伝わっていない」と説明してくれたが、そう遠くない未来の博物館で再びこの愚をおかさないためにも、我々には不断の努力が要請されている。

所蔵品のプレイアブルな運用とその―イメージやデータにあらわれない―経験の記録、それはようやく物理的な下地が整いつつあるゲームアーカイヴが次に目指すべき地平であり、産官(館)に続き学、つまり研究活用の次元での貢献が期待されるステージに入りつつある。アーカイヴの構築と利用は、対象の定義やメディアとしての特性を再考する機会でもあり、ゲーム研究以外の領域にも直接的・間接的に影響を及ぼすだろう。

ともあれ、まずはスタートボタンを押すことから始めよう。アラモゴードの砂漠に埋葬されることをアーカイヴと呼ぶのでない限り*30、100年の記録も1プレイから、である。

*30 インサイド「都市伝説は本当だった、ニューメキシコ州「Atariの墓」から最悪のクソゲー『E.T.』が発掘される」https://www.inside-games.jp/article/2014/04/27/76337.html


本調査は、DAAD PaJaKoプロジェクト "Japan's videogame between the local and the global"、および立命館大学大学院博士課程後期課程国際的研究活動促進研究費の助成を受けておこなわれた。また、本稿執筆にあたり多くの方から助言をいただいた。とくにRCGSの福田一史、井上明人両氏とライプツィヒ大学日本学科のMartin Roth氏には、アーカイヴの現状について実務的な立場からの意見を伺うことができた。付して感謝する。

向江駿佑(立命館大学)

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年6月22日 発行