小特集:アーカイヴの表象文化論

寄稿3 ファッションをアーカイヴすること

石関亮

管理者や経営層に限った話かもしれないが、最近、美術館や博物館の関係者にとってホットな話題といえば、自館が保持する、あるいは維持にかかわる文化財の“活用”についてだろう。例えば、2017年に文化芸術振興基本法から改正した文化芸術基本法や、同法が政府に策定を求める文化芸術推進基本計画(2018年3月6日閣議決定)、また同計画と共に閣議決定された文化財保護法の改正案などでは、観光や地域振興、福祉、産業などの施策との連携、あるいは地方自治体への権限移譲が謳われている。美術館・博物館は文化資源を後世に向けて保存することを大きな役割のひとつとしているが、将来だけでなく現在の社会にどのように還元ができるのか、現時点での有用性を問われることが多くなっている。

私の所属する京都服飾文化研究財団(以下、KCI)も博物館相当施設の認可を得ている。国内外の美術館と共同で展覧会を企画・開催することも多く、上記の流れとは無縁ではない。近・現代の西洋の服飾と、その流れを汲み世界的に普及した現代服を専門に研究する機関として、実物の衣装や装飾品、関連資料を収集・公開している。下着メーカー、ワコールの創業者、塚本幸一の発案から、1978年に設立された。当時、日本で定着しつつあった洋装文化の歴史や本質を理解し、その研究成果を通じて「日本及び世界の服飾文化の発展に寄与すること」を目的としている。ここにおいて、収集や調査の拠り所となるのが西洋服飾史である。

西洋服飾史は、衣服における様式(通常は着用時のシルエットを指す)の変遷を時代ごとにたどっていく。西洋美術やデザイン、建築の歴史的様式と重なり合いながら、特に近代以降は女性服に重点を置き、身体や性の解放、社会進出など女性史とも緊密に交わる。近代的な進歩史観に基づく歴史記述でもあり、他の「……史」同様、そこからこぼれ落ちるものも多い。

例えば、市民や農民といった市井の人々の衣生活が見えにくいこと。一次資料の少なさ、とりわけ衣服そのものがほとんど残っていないため、どのような変遷があったのか、ファッションが大衆化した現在にどう影響を与えたのか、残念ながらあまり解明されていない。結局、貴族やブルジョワジーから一般大衆へ、という流行のトリクルダウンのみが強調されてしまう。

また、当然ながら西洋服飾史は西洋中心の歴史認識である。非西洋の日本のような地域固有の事象は別途考察しなければならない。明治維新以降の洋装の導入や洋裁教育の普及、日本人デザイナーの欧米ファッション市場への逆輸入、ヤンキーやゴスロリといったサブカルチャーのファッションをどのように文脈化し、メインストリームの歴史に接続するか。KCIでは、西洋の服飾デザインにおける日本の衣文化の影響を調査し、展覧会の形式で発表してきたが(代表的なものは「モードのジャポニスム」展、「Future Beauty」展)、その成果は一面的なものでしかない。

こうした課題について、今回のテーマであるアーカイヴに引き付けて考えると、資料の収集をどこまで網羅的にできるか、あるいはすべきか、という問題が浮かんでくる。一方で、資料の保存にもかかわる話だが、衣服は本来、長期間の保存を考慮して製作されるわけではなく、ユーザーもそれを念頭に着用するわけではない。染料は退色し、樹脂や繊維は脆化や劣化をする。素材や生産工程で使用する薬剤などで異なるものの、他の美術品、工芸品と比べると概してその変化は著しく、そして進行も早い。着用することで毀損するし、所有者は自由に改変を行う(もちろん、その行為が人間の営みや創作の痕跡として新たな保存価値を持つこともある)。収集したくても入手が困難な場合が圧倒的に多いのだ。また、運よく状態の良いものが入手でき、適切に保存(染織品の場合、温度20℃、湿度50%前後、光への曝露は極力避ける、など)していたとしても、静かに劣化が進行し、活用しようとした時には状態が大きく変化していることもある。

別の大きな課題もある。装いは衣服だけで完成するわけではない、ということ。当然のことながら、衣服の組み合わせ、帽子や靴、宝飾品などのアクセサリー、髪型、化粧、それらの総体がひとつのスタイルを形成するのであり、さらに言えば、着用者の身体そのもの(体型、表情、人種、ポーズあるいは動き)もスタイルの重要な決定因子である。そのスタイルが置かれる空間も重要な要素だ。服飾品だけでは記録できないこうした要素をアーカイヴする意味合いもあり、ファッション雑誌などが早くからコレクションされてきた。近年、ファッション・ショーの写真や映像、“ストスナ(=ストリートスナップ)”などがアーカイヴ素材として注目されている理由でもある。

ファッションが大衆化し、グローバルにローカルにトレンドが生まれ、伝播する今日、それを一つの機関が包括的に、かつ公平に観察し、必要な素材を収集することは不可能である。その理想的な状態に多少とも近づく方法として、現在有効なのは、「ヨーロピアナ」(www.europeana.eu/portal/)のように、複数の特色あるコレクションを持った機関が結びつくネットワークの形成と、それぞれの情報を一元化し共有や比較が可能な拠点を作ることだろう。ヨーロピアナにはファッション専門のポータル・サイト「ヨーロピアナ・ファッション」がある。

とはいえ、自身のコレクションのデジタルアーカイヴを持つ、ネット上に公開する、データ入力に統一的なフォーマットを使う、など、参加する機関に求められる作業的、経済的負担は決して少なくない。近年注目を集めているデジタル・ヒューマニティーズの議論が進展し、デジタルデータの作成や使用に関する知が集積すれば、デジタル化へのハードルは下がっていくだろう。日本にも衣服を収蔵している博物館・美術館は多数あり、服飾に特化したものもいくつか存在する。加えて、服飾品は価格が低く量産品であれば購入もしやすい。個人や小規模の団体が一定規模のコレクションを形成することが比較的容易である。時間はかかるかもしれないが、日本国内で同様の拠点が作られることを期待したい。

石関亮(京都服飾文化研究財団)

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年6月22日 発行