編著/共著

岩野卓司(編著)

郷原佳以宮﨑裕助、ほか(著)

共にあることの哲学と現実 家族・社会・文学・政治(フランス現代思想が問う〈共同体の危険と希望〉2 実践・状況編)

書肆心水
2017年11月
複数名による共(編/訳)著の場合、会員の方のお名前にアイコン()を表示しています。人数が多い場合には会員の方のお名前のみ記し、「(ほか)」と示します。ご了承ください。

2016年に刊行された『共にあることの哲学』の続編にしてその「実践篇」として岩野卓司の企画・編集のもとに編まれた論集。前巻は現代フランス哲学・思想における「共同体」論を理論的に再考する試みであり、バタイユ(岩野)、ブランショ(湯浅博雄)、サルトル(澤田直)、ドゥルーズ(藤田尚志)、フーコー(坂本尚志)、デリダ(増田一夫)の共同体論が論じられた。しかし、共同体をめぐる問題は私たちの日常に関わるごく現実的な問題でもある。本書では、上記の共同体論を踏まえつつ、宗教に関わるテロが頻発し、結婚や家族等の概念が問い直される2010年代の現在に軸足を置いて、より実践的な視点から─「実践」の解釈は各執筆者に任されているがそれらを吟味することが試みられた。執筆者は、デリダをめぐって宮﨑裕助が加わり、ブランショをめぐって郷原佳以が代わった以外は前巻と共通している。

全体のテーマはⅠ家族、Ⅱ社会、Ⅲ文学、Ⅳ政治に分かれている。

Ⅰでは、まず宮﨑が、医療技術の発展によって遺伝子の継承としての親子関係に照明が当たる傾向がある一方で、現実の親子関係の成立はきわめて重層的で揺らぎを孕んでいるということを、デリダのいくつかの発言を参照しながら示している。続いて藤田は、分割しえない「個人(individus)」ではなく一人の人が複数もつものとしての「分人(dividuels)」というドゥルーズの概念、また、ハラウェイやフーリエ、クロソウスキーらの革新的な取り組みを参照しつつ、家族のみならず愛や性をめぐる根深いイデオロギーから私たちを解放し、これらの錯綜体として結婚を思考し直すことを提案している。著者の長年の主題だが、参照分野が広がって深化し、きわめて柔軟な見方が提示されており、ここからさらに活発な議論が巻き起こることと思われる。

Ⅱでは、まず澤田が、共同体の問題は抽象論では語れないという立場で、家族や地域に根ざした共同体の実態、また、フランスの「アソシエーション」や学会などの自発性に基づく中間団体の理想と現実を検討している。続いて坂本は、生政治をめぐるフーコーの議論を出発点として「生と共同体」という論点に注目し、フランスにおける哲学教育が「合理性の共同体」を維持するシステムであることを指摘する。そしてその様態をバカロレア哲学試験の具体的な分析によって明らかにし、この試験の意義を示すと共に弊害も指摘する。バカロレア哲学試験が「自由な思考や哲学的才能のひらめきなどでは決してな」く、良くも悪くも「思考の型」の習得という規律=訓練の場だという指摘は重要であろう。しかしその上でなお、哲学教育は共同体の自明性への懐疑を身につけさせると著者は結論する。

Ⅲでは、まず岩野が、一神教の教義や教団への帰属を必要としない共同体をバタイユが「アセファル」で探求したことを指摘し、今日、終末論のモノセファルな構造を問い直すために、アセファルの思考を深化させる必要を説く。その問い直しのために、著者は、田中智学(国柱会の創始者)の国体論の宮沢賢治による読み替えという事例を取り上げ、賢治の寓話や詩などに見られる「自己犠牲」に、反転した暴力性を見出す。そして、それが表れるイーハトヴの共同体論をアセファル的な探求として位置づける。宮沢賢治を再発見させる画期的な論考である。続いて郷原は、ナンシーとブランショの共同体論の意義を確認し、それらが影響力をもった1980年代から現在までの共同体をめぐる状況を概観した上で、ナンシーが現在に至るまでブランショとの間に認めている係争を詳らかにし、共同体を志向しないブランショの思想の政治性を明らかにすべく試みた。

Ⅳでは、まず合田が、レヴィナス『全体性と無限』における「無限の観念」が観照と実践の共通の源泉としてのどこでもない場所としてシオニズムの本義と結びつけられていることを指摘した上で、イスラエルの成立とシオニズムをめぐる『ユートピア』のブーバーの思想をそのマルクス読解やランダウワー論などから浮かび上がらせ、最後にレヴィナスとブーバーの対決を描き出している。続いて増田は、アーレントをめぐって、やはり観照(哲学、死の問い)と実践(政治、生の問い)の問題から出発しながら、「死の扉」を経由するがゆえにリベラル民主主義の現状を批判し「来たるべき民主主義」を期待するデリダの思考の構造を初期の著作や講義録に立ち戻って跡づけている。

(郷原佳以)

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年6月22日 発行