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シンポジウム 「中欧の現代美術」報告

報告:加須屋明子

2017年6月4日午後2時より、東京大学本郷キャンパスにて、ポーランド広報文化センターとチェコセンター、駐日スロバキア大使館、駐日ハンガリー大使館、東京大学人文社会系研究科現代文芸論研究室の共催で「中欧の現代美術」シンポジウムが開かれた。新緑目に鮮やかな、爽やかな日曜日の午後、会場には若い世代を中心に100名ほどの観客が集まり、立ち見も出るほどの盛況ぶりであった。

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中央ヨーロッパに位置するポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーはV(ヴィシェグラード)4国と呼ばれ、互いに緊密な友好・協力関係を深めている。これら諸国は大国に挟まれ、歴史に翻弄されながらも、それぞれの地域での文化芸術の多様性を育んできた。本シンポジウムは、こうした国々に共通してみられる歴史的経緯をふまえつつ、それぞれの国で芸術がどのような特徴を見せるのかを探る試みであった。とりわけ、1989年の東欧革命を経て、2004年のEU加盟から既に10年以上経過した同時代の動きに注目し、V4諸国の現代芸術における差異や共通点が見いだせるのかどうか、各国の現代作家たちの報告やパフォーマンスなどを交えながら考える機会となった。

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冒頭、ポーランド広報文化センター副所長のマリア・ジュラフスカ氏による開会の挨拶があり、本シンポジウムの意義並びに概要の説明がなされ、続いて東京大学の阿部賢一氏のレクチャー「中欧をつなぐ点と線、あるいは文化的連続性」が行われた。阿部氏は1928年に発表されたヴァシリー・カンディンスキーの『点と線から面へ』より「幾何学の線は目に見えない存在である。それは動く点の軌跡であり、その所産である。線は運動から生まれ、――点の自己完結した、最高の静寂を否定することから生まれる。ここに静止的なものから動的なものへの飛躍がある」との文章を引用紹介しながら問題提起を行い、続いてミラン・クンデラやナーダシュ・ペーテル、アンジェイ・スタシュクからの引用を交えつつ、具体的な作品を紹介しつつ「中東欧」というイメージについて、その偏りについて述べ、また1989年以降、未だに「中東欧」という表現が妥当であるかどうかは慎重であるべきだと述べ、芸術家という個々の点をつなぐ複数の補助線をどのように引き得るだろうか、そこから共通の地平が見えるだろうかとの問いを投げかけた。

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続いて加須屋は「中欧の現代美術 コモン・アフェアーズ?」と題し、中欧の現代美術の状況について報告した。特に2003年以降継続して行われている、ポーランド若手注目作家に贈られるViews賞受賞作家展「コモン・アフェアーズ」(2016)や、大型国際展のドクメンタやヴェネチア・ビエンナーレ等の近年の傾向から分析を試みた。1989年以前、検閲に対抗して表現の自由、内心の自由を求めて様々な実験的な試みが繰り返され、身体表現を伴う激しい抵抗も見られたが、89年の体制変換以降、90年代は短期間のうちに大きな変化を受けて、芸術家もまた自由を祝福すると同時に様々な矛盾と直面することとなった。2004年のEU加盟に伴い、更に人や物、情報の流通が促される。90年代の混乱期を目撃しながら成長した次世代も作家として活躍を始めており、彼/彼女らにも1960年代、70年代の状況を振り返り、再解釈しようとする傾向が強く感じられる。2010年代に入り、共同体と積極的に関わる作品、プロセス自体を作品と読み替える傾向が国際的に広まり、V4国においても社会と芸術とが密接に関わり合いながら、芸術の領域が広がりジャンルが交錯している。

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二人の講演のあと、主催校準備のお茶菓子と共にポーランド広報文化センターからはポンチキ(ポーランドの伝統菓子、ジャム入りの揚げ菓子)も別室でふるまわれ、歓談のひと時となった。休憩後は各国の若手作家や研究者による現状報告が続いた。まずポーランドのカロル・カチョロフスキ(1988-)は、現在、多摩美術大学博士後期課程に在学中であるが、東京にて2017年7月に実施予定のポーランド若手作家展「ハイブラッド・プレッシャー」について報告し、地元住民と共にワークショップを継続開催中であることが述べられた。続いてチェコのカリン・ピサコヴァ(1981-)は、2015年に多摩美術大学博士課程を修了し、現在は女子美術大学で教鞭をとる。2017年秋には中之条ビエンナーレ2017に参加予定であり、現在継続中の身体を用いたプロジェクトを中心に自作について紹介した。続くハンガリーのユディト・ヴァコーリヘイはブダペシュト工科大学を卒業後、10年にわたって建築家として勤務し、現在は多摩美術大学美術学部生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻教授である。彼女はハンガリーのモダンデザインについて概観を示すと共に、その共通した特徴として、抑圧される中から生まれる表現上の様々な工夫、そしてユーモラスな表現を挙げたが、これはV4国に恐らく共通してみてとれる傾向であった。最後にプラハ美術アカデミーを卒業し、現在東京で短期滞在制作中の平面作家、ヤン・ヴァリク(1987-)により、日本的・瞑想的要素を取り入れた自作について、とりわけ舞踏の土方巽らに影響を受けているとの報告がなされた。

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引き続き、講師及びパネリスト全員による討論と、会場も含めての質疑応答がなされた。各自それぞれのプレゼンテーションから、企まず共通性が浮かび上がる。大きな特徴としてはやはり独特のユーモアのセンスが挙げられるとの指摘が続いた。それは歴史的な困難を(冷戦期だけでなく、戦前戦中も含め)潜り抜けてきたからこそ培われたものであろうし、ただし同時に、当然のことながら、互いの相違点も多く、そうした細かな差異に注目してゆくことの重要性も併せて述べられた。更にカチョロフスキ氏からは、日本で反芸術の機運が盛り上がりを見せた60年代的な感性と、現代のポーランドの若者の特徴とが概念的なものへの近接という意味で類似しているのではないか、という指摘もあった。

今回のシンポジウムでは、歴史的文脈をベースにしつつも、とりわけ同時代的な要素に注目し、各国からのパネリストを迎えることで最新情報がもたらされ、討論が実現した点で重要な意味を持つ。日頃、各国の文化芸術に興味関心を持っていたとしても、国別の催しに参加することが多く、なかなか隣国の現状を知る機会がない。今回は、参加者の多くが若い層であったことも幸いして、まさに同時代的、現代的な意見交換が行われ、その意味でも得難い機会となり、有意義であった。これをきっかけに、更に中央ヨーロッパの文化芸術に対する興味と理解が進むことが期待される。(加須屋明子)

広報委員長:横山太郎
広報委員:江口正登、柿並良佑、利根川由奈、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2017年11月11日 発行