第16回研究発表集会報告

ワークショップ1 生き物から私たちを考える 擬人主義・オルタリティ・動物文学

報告:難波優輝

日時:2022年11月12日(土)10:00 - 12:00

発表者:
江川あゆみ(早稲田大学)
近藤玲(筑波大学)
難波優輝(newQ・立命館大学)


本ワークショップ「生き物から私たちを考える──擬人主義・オルタリティ・動物文学」では、アニマルスタディーズ、生物学の哲学、SFスタディーズの視点から、生き物のコミュニケーションや相互作用を人間がまなざすとき、どのような動物理解が得られるのか。そして、そのとき翻って、どのような人間理解が得られるのかを論じた。

まず、日本の動物文学史を社会学的な観点から研究している江川あゆみ(早稲田大学大学院博士後期課程)による「アニマルスタディーズの展開」では、人文・社会科学を中心とする学際的な動物研究の総称としての「アニマルスタディーズ」がどのような論点を扱ってきたのか概説を行った。本ワークショップの関心を先行する研究文脈と接続しながら、アニマルスタディーズの現在の広がりをオーディエンスに共有した。

次に、「生物学的意味論」 の開拓者である哲学者ルース・ミリカンを専門とする哲学研究者の近藤玲(筑波大学大学院博士前期課程)は「わたしたちはなぜ擬人化をしてしまうのか」と題した発表で、動物の行動や心的状態を人間が自分たちの心の理解のモデルを用いて説明しようとする「擬人主義」に対する批判を紹介し、その批判を受けて、擬人主義がいかに動物の行動についての科学的理解を促進するのかを明らかにした。

続いて、美学研究を行う難波優輝(newQ / 立命館大学)はSFスタディーズと美学の観点から「アニマル・エイリアンと後味の悪さ」の中で、作品を読んだ後の不快感すなわち「後味の悪さ」が、SFならではの認識的な価値をもたらす仕組みを、SF作家オクテイヴィア・バトラー「血を分けた子ども」を事例に分析した。

最後に、ふたたび江川は発表「平岩米吉の動物研究 」において、「動物文学」という語を提唱した在野の動物行動学者としても知られる平岩米吉の多岐に亘る動物研究のうち、特に「動物文学」がいかなる実践だったのか考察した。

発表の後、発表者のあいだでディスカッションを行った。まず、江川の発表について、人間以外の動物と人間が自然と相対して生きるという点で共通していることから、人間以外の動物を理解することで人間の理解を深めようとした点について、難波から進化論批評的研究の先行事例として捉えられる可能性を提案した。進化論批評とは『ストーリーの起源––––進化、認知、フィクション』(国文社)を著したリチャード・ボイドを筆頭に取り組まれている文学研究で、人間が持つ心理的性質や認知的性質を、自然的・文化的な適応の産物であるとして、動物の一つとしての人間の文学的活動を自然科学と協働的に研究するものである。江川からは、平岩の研究を進化論批評との比較から論じたものはみられず、進化論批評の観点から彼の取り組みを評価する新たな研究の可能性が示唆された。

ついで、近藤は、動物の親子の関係について、しばしばバラエティで紹介されるように単純に人間の母親と子どもの関係に当てはめるのではなく、私たちの行動や欲求とは異なる動物の特殊なあり方を擬人化するのではなく、その動物ならではのあり方を理解する可能性と、その価値を強調した。それに対して、難波はネコ写真で有名な写真家岩合光昭の作品を取り上げ、彼の作品が動物ならではの行動を撮影したものではなく、人間らしい表情や格好を撮影した擬人主義的な動物写真であるために、科学的認識としてつまらないだけではなく、美的にわるいものであると指摘した。

フロアからは動物を擬人化するに際し、「罪悪感」はなぜ生まれるのか、という問いが投げかけられた。江川は、一般的に、科学的な正しさという「客観的な基準」に対照し、「対象」たる動物への「理解」を「真/偽」に腑分けし、それを「善/悪」に転換する近代的な心的メカニズムが「罪悪感」を生んでいると指摘し、近藤も、特に19世紀前半から、人間的な心理に基づいて世界や動物を理解する方法が科学的な認識として否定されてきたが、近年、道徳的・規範的な議論の手前で、人間は世界や動物を擬人化せざるを得ない性質があることを記述する研究が進んでいることを紹介した。それを受けて難波は、擬人化が道徳的・規範的に悪いものになる条件は、生物学的・心理学的な基準とは独立であり、他なる存在をそのありように従って理解しようとすれば、単純な擬人化でも、生物学的な方法でもない、別の仕方を模索する可能性があるのではないか、と提案した。

本ワークショップは、社会学研究、哲学研究、美学研究といった複数のバックグラウンドを持つ研究者から論じるアニマルスタディーズの実践を行うものであった。ワークショップを終えて、筆者は、アニマルスタディーズの学際的な研究を発展させるための研究マップづくりには価値があることを再認識した。すでにそこここで行われているであろうが、動物、さらには幽霊やAI / ロボットといった、他なるものの表象の研究ネットワークを構築していくことで、ユニークな表象文化論研究の流れを作り出していく可能性を見出した。


ワークショップ概要

 本ワークショップでは、アニマル・スタディーズ、生物学の哲学、SFスタディーズの視点から、生き物のコミュニケーションや相互作用を人間がまなざすとき、どのような動物理解が得られるのか。そして、そのとき翻って、どのような人間理解が得られるのかを論ずる。まず、江川あゆみによるアニマル・スタディーズの展開の概説を行う。本パネルの問題意識を先行する文脈と接続しながら、アニマル・スタディーズの現在の広がりをオーディエンスに共有する。次に、近藤玲は、生物学の哲学の視点から、生き物同士のコミュニケーションがどのように人間によってまなざされ、理解されているのかを、SNSにおけるコメントをはじめとして様々な事例を取り上げることで、「擬人主義」として知られる人間の動物観が実際に現代でどのように展開されているのかを明らかにすることを目指す。続いて、難波優輝は、近年のSFスタディーズにおいて重要な研究を行なったシェリル・ヴィントンによる『アニマル・オルタリティ』で提示された「アニマル・エイリアン」概念を手がかりに、異なる世界を生きる存在がいかに共に生きうるのかを、SF作品に描かれる生き物と人間の関係を通じて、認識論と美学の観点から論じる。江川は「動物文学」という語を提唱した在野の動物行動学者としても知られる平岩米吉の動物研究のうち、特に「生態研究」と「動物文学」がいかなる実践だったのか考察する。各発表の後、登壇者の3名によるディスカッションを行い、次いでフロア全体に開いて質疑応答を行う。

広報委員長:増田展大
広報委員:岡本佳子、髙山花子、福田安佐子、堀切克洋、角尾宣信、居村匠
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年2月22日 発行