第16回研究発表集会報告

書評パネル1 甲斐義明『ありのままのイメージ──スナップ美学と日本写真史』を読む

報告:久後香純

日時:2022年11月13日(日)13:00 - 15:00

甲斐義明(著者/新潟大学)
土屋誠一(沖縄県立芸術大学)
前川修(近畿大学)
佐藤守弘(兼司会/同志社大学)

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本パネルは2021年に刊行され第13回表象文化論学会賞を受賞した甲斐義明氏の著書『ありのままのイメージ スナップ美学と日本写真史』の書評パネルである。筆者の甲斐氏に加え、佐藤守弘氏(兼司会)、前川修氏、土屋誠一氏が書評者として登壇した。

最初の書評者である佐藤氏からは、パネル参加者に向けて『ありのままのイメージ』の概要が紹介された。本書は、日本において独自に発展した「スナップ美学」を描き出すことによって、日本写真史の通史が記述されている書でありながら、写真史の中に閉じた自律的発展史観による歴史記述とは異なるラディカルな試みが行われていることが佐藤氏によって強調された点である。その特徴として第一に、ヴァナキュラー写真論の影響下において本書が書かれていることが挙げられた。甲斐氏の指導教官である写真研究者のジェフリー・バッチェン氏によって確立されたこの概念を導入することによって本書が可能にしたことは、芸術作品としての写真と大衆的文化現象としての写真の両者を横断的に論じることであると評価がなされた。もう一つの特徴として、写真作品の精緻なイメージ分析と、芸術理論の高度な援用が両立することによって実現した研究であるとの言及があった。

二人目の書評者の前川修氏からは、「スナップ」というタームによって日本における写真作品を「串刺し」にした本書は、日本写真史の学説に楔を差し込んだ仕事であるという評価が述べられた。また、本書の「撮影者と作品の関係」という焦点を譲らない姿勢は、昨今の美術史研究が「観者と作品の関係」ばかりに照準を当ててきたことへのアンチテーゼとして働いており、美術史を専門としながらそれを見事に裏切る研究であるとの見解が述べられた。これらの積極的な評価が挙げられたうえで、前川氏からはいくつかクリティカルな質問も投げかけられた。そのなかでも特に重要と思われたのは、レンズと撮影者の眼を同一化するレンズ中心主義から離れ、写真家の身体とカメラレンズの差異について考察することこそが「スナップ」美学を研究するためには必要なのではないかという指摘である。換言すれば、写真史の周縁であり傍流であった「ノーファインダー」で撮影する「スナップ」写真を振り返るためには、写真家の身体性を全景化することが有効に働くのではないかという提言である。

最後の登壇者である土屋誠一氏からは、写真作品のフォーマリステッィクな分析が丁寧に行われていることの評価が述べられた上で、ノーファインダーで複数枚撮影することもあるような「スナップ写真」というジャンルと甲斐氏の研究の特徴であるフォーマリズム的作品分析の相性の悪さが疑問としてあげられた。他の論点としては、グリーンバーグに代表されるような美術史におけるモダニズム的還元主義とスナップ美学の関連性はどのように考えられるのかという問いかけがあった。木村伊兵衛等の写真実践に見られるような、「写真」というメディウムの可能性を最も探究した結果として帰結するコンパクトカメラの起動性を生かした「スナップ美学」は、絵画を中心として発展してきたメディウムの特性を追求する美学と関連しているのではないかという指摘である。いずれも写真史を専門とするベテランの研究者達が書評者として集まったため、写真史とその周辺理論の高い知識が活かされたパネルとなった。甲斐氏による初の単著が意欲作として積極的に評価される一方で、専門性の高いクリティカルな質疑とそれへの応答が繰り広げられる場面も多くあった。

最後になるが、パネル登壇者達の年齢と性別の偏りが顕著であったことは指摘しておきたい。甲斐氏の著書は本学会賞に加え、2022年度日本写真協会学芸賞を受賞しているが、同時受賞作の長島有里枝氏による『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』は、現在に至るまで保たれ続ける日本写真界におけるミソジニーとホモソーシャル構造を詳にし、意義を唱える書であった。その構造の中にはもちろん、写真家だけではなく、作品に権威を与え歴史化してきた批評家や研究者もふくまれる。『ありのままのイメージ』は、今後さらに多様なバックグラウンドや専門性を持つ研究者たちによって批判的検討を加えられながら読まれるべきであろうし、その過程を経て本書は日本写真史の学説を発展させる契機になるであろうことが示唆されたパネルだった。


書評パネル概要

甲斐義明『ありのままのイメージ スナップ美学と日本写真史』は、「スナップ」をキー概念として据えることによって、1920年代以降の新興写真から現代に至る日本におけるスナップ写真の系譜を、写真の丁寧な分析とそれを取り巻く言説の精密な検証、さらにはさまざまな写真/芸術理論の援用により紡いでいった著作である。「スナップ」とは、英語で瞬間撮影を意味する"snapshot"に由来しながら、日本においては技法にとどまらず独立したジャンルの名称となり、土門拳の有名な「絶対非演出の絶対スナップ」という言葉が例示するような写真に関するある特定の考え方、すなわち本書で「スナップ美学」と呼ばれる「写真媒体の最大の芸術的可能性をスナップに見出そうとする態度」を具現化するものであったとされる。本書 の目論見は、「芸術作品としての写真と大衆的文化現象としての写真の両者を横断的に論じる」ことによって、正典的な日本写真史に対するオルタナティヴな語り方を提示するという意欲的なものと考えられる。本セッションでは、この興味深い取り組みに、写真に関する理論や歴史叙述などの幅広い視点から光を当てていきたい。

広報委員長:増田展大
広報委員:岡本佳子、髙山花子、福田安佐子、堀切克洋、角尾宣信、居村匠
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年2月22日 発行