第16回研究発表集会報告

研究発表3

報告:福島可奈子

日時:2022年11月12日(土)13:30-15:30

  • 明治幻燈からみる近江日野商人の着眼点──三陸海岸大津波の表象を中心に/福島可奈子(早稲田大学/日本学術振興会)
  • 二次創作における物語の法則──テクストの生成をめぐる定型性と不定型性に着目して/石川優(大阪公立大学)
  • Amateurism and Professionalism in Sports as Reflected in Japanese Cartoon Animation/Joachim Alt(National Museum of Japanese History)

司会:松谷容作(追手門学院大学)


研究発表3では、松谷容作氏の司会のもと、明治期の幻燈、現代の二次創作コミック誌、1960年代と2010年代のアニメーション比較に関する3名の発表が行われた。共通テーマは、各時代のメディアに描かれた「漫画」表現についてである。戦前・戦後・現代の「漫画」表現が、その時代の人気メディア(幻燈、新聞、コミック誌、テレビアニメ、ソーシャルメディアなど)を通じた大衆とのかかわりのなかで推移していく様相をそれぞれ明らかにしている。

まず、本記事の報告者でもある福島可奈子の発表は「明治幻燈からみる近江日野商人の着眼点──三陸海岸大津波の表象を中心に」である。本発表では、近江日野商人・正野家が明治期の社会をどのように幻燈から見ていたのかに注目し、彼らが当時購入・活用していた幻燈スライド一式の表象を分析した。正野家は、江戸中期から「万病感応丸」などの合薬を製造・販売する老舗製薬業者で、全国各地に250軒以上の取次店を持っていたことでも知られている。福島は、新発見の正野家旧蔵の幻燈スライド「見真大師一代記」や「第五回内国勧業博覧会」などを順に取り上げ、近江商人ゆえの宗教観・経営理念、大阪支店の経済波及効果などの視座から考察した。なかでも「東国三県海嘯ノ惨況」(明治29年)に着目し、当時の幻燈・写真・新聞・雑誌などに掲載された図画/写真の現像・翻刻・印刷など視覚メディア技術の問題、また写真師・幻燈師派遣の際の交通の便や、三陸海岸大津波に対する関東と関西の民衆の関心度の差といった視覚情報の流通の問題から分析した。また正野家旧蔵品の幻燈スライド「日清ポンチ」(日清戦争の風刺漫画)における白兵戦の「無残」な表象が、満州事変を描いた1930年代の玩具映画アニメにも見られることも明らかにした。

質疑応答では、新発見の幻燈史料一式には今回取り上げたスライド以外にどんなものが含まれていたのか質問された。福島は、和紙のスクリーンや浅草蔵前の幻燈師・小林玄同の理化学スライド、日野商人仲間の鈴木家の名が記された江戸期の錦影絵スライドも複数含まれていたが、これらについてはさらに調査をしたうえで改めて発表したい旨報告した。さらに、正野家が行商の販売促進として幻燈を利用した可能性についての話題が上がったが、明治期の正野家の販売形態は行商ではなく全国取次店であったため、販売促進に幻燈を利用した可能性は極めて低いと考えられると回答した。

二つ目の発表は、石川優氏による「二次創作における物語の法則──テクストの生成をめぐる定型性と不定型性に着目して」である。石川氏は、2010年と2019年のコミックマートで蒐集したそれぞれ30冊/31冊の『週刊少年ジャンプ』系作品の二次創作BL同人誌におけるテクスト/パラテクストの数量分析の結果からみえてくる物語の法則についての報告をおこなった。二次創作BLとは、原作(マンガ、アニメ、ゲーム、ドラマ、小説、歴史など)の男性キャラクター同士の関係性(仲間やライバルなど)を主に恋愛関係として描く二次創作のことである。二次創作のパラテクストの分析では、表紙にカップリングの文字や男性キャラクター2名の図像を描くことで、購入者に物語の予告がなされているものが6割以上あることが指摘された。また物語の構成・設定分析では、2010年/2019年ともに7割以上が原作と同一の物語世界を利用しており、ストーリーマンガの割合が両年ともに8割以上もあることが示され、プロットの分析では、それらの物語の「定型」「不定型」のパターン傾向が明らかにされた。

質疑応答では、二次創作になりやすいマンガやアニメの要素についての質問があがり、一般的には『週刊少年ジャンプ』に掲載中の人気作品や、テレビアニメ化されて放送中の作品が二次創作化されやすいが、『キン肉マン』のように多彩なキャラクターが登場する作品や歴史上の人物なども二次創作化されやすいことが回答された。またBLコミックマーケットに多くの女性ファンが足を運ぶ動機について、(デジタル漫画ではなく)紙媒体の同人誌を購入したいということが第一義なのか、それとも即売会イベントでの作者やファン同士の交流というコミュニケーション機能の方が強いのか、といった同人誌のテクスト/パラテクスト分析では見えてこないコンテクストの問題についての質問もあった。

最後の発表は、Joachim Alt氏による「Amateurism and Professionalism in Sports as Reflected in Japanese Cartoon Animation」である。Alt氏は、日本のスポーツアニメのひとつであるバレーボールアニメを取り上げ、アニメというメディアコンテンツやイメージが、日本人の自己アイデンティの形成に与えてきた影響について考察した。戦後日本のオリンピック選手の競技に対する意識の変化をたどり、具体的なアニメ作品として『アタックNo.1』(1969~1971年)と『ハイキュー‼』(2014~2020年)を比較し、そのオープニングタイトルのカッティング分析もおこなわれた。1964年の東京オリンピックで金メダルを取った女子バレーボール「東洋の魔女」は、過酷な練習のなかで意志の力によって身体的に優れた相手を倒す「根性論」の典型であるとされる。Alt氏によれば、その「根性論」は技術や競技の優劣を度外視するアマチュアリズムとして戦時体制下の「欲しがりません、勝つまでは」に共通する精神論であり、その典型は『アタックNo.1』のオープニングにもみられるという。一方で日本の全国紙のスポーツ記事などで「選手」から「アスリート」へと用語が変化した1996年以降の作品である『ハイキュー‼』では、集団的な自己犠牲の描写は影を潜め、個人の自己実現と個人の特性を生かしたチームワークプレーといったプロフェッショナリズムに変化していることが述べられた。

質疑応答では、日本人の自己アイデンティの形成に与えてきた影響をみるためには、スポーツアニメではバレーボールアニメでなく野球アニメの方が最適ではないのか、1960年代末と2010年代中頃では50年近く開きがあるのでサンプルとして不十分ではないかなど厳しい意見があがる一方、スポーツアニメにスポ根ものからラブコメの要素を与えたのは野球アニメの『タッチ』(1985~1987年)ではないか、日本の国技である相撲アニメを掘り下げたほうがより効果的ではないかなど建設的な提案も多数あり、議論が白熱した。


明治幻燈からみる近江日野商人の着眼点──三陸海岸大津波の表象を中心に/福島可奈子(早稲田大学/日本学術振興会)

本発表は、明治期に近江日野商人が用いた幻燈スライドの内容から、彼らが当時最新のメディアの幻燈に見たものとは何かに注目して分析する。江戸初期から続く近江商人が、最新のメディアで高額な幻燈を仲間同士で購入活用していたことは、今まで知られていなかった。昨年12月、江戸末期から明治中期頃に近江の豪商、正野家と鈴木家が購入した幻燈スライド104枚が発見された。江戸期の手描きや仕掛け種板、明治期の合羽刷りや写真転写のスライド(明治三陸大津波、見真大師、日清戦争風刺画、第五回内国勧業博覧会など)が含まれるが、特に、観測史上最大の大津波によって甚大な被害を被った明治三陸大津波のスライドを中心に、近江日野商人の着眼点を明らかにする。明治29年の三陸大津波は、写真が湿板から乾板に簡易化されたことで多数の幻燈師(鶴淵初蔵、池田都楽ら)が被災地入りして写真撮影し、それをもとに幻燈会が義援金目的でしばしば開催された。一方日野商人は各地にネットワークを有し、大被害を受けた宮城県とも商売上の縁が深く、また浄土真宗信者が多く、社会に貢献すれば自らに還元されるという報徳思想でも知られる。そこで本発表では、近江商人の経済観・宗教観を踏まえ、彼ら独自の幻燈メディアとの関わり方を具体的にみていく。

二次創作における物語の法則──テクストの生成をめぐる定型性と不定型性に着目して/石川優(大阪公立大学)

本報告は、二次創作の主流形態の一つである同人誌に着目し、その物語テクストがどのように生成されるのかを事例に基づいて分析するものである。本報告における二次創作とは、マンガやアニメーション、ゲーム、ドラマ、小説、舞台、歴史、芸能、スポーツなど(以下「原作」と総称)を引用した表現を意味する。

先行研究は、社会学、文化人類学、情報学などを主なディシプリンとして、二次創作に関わる「人々」に焦点を当ててきた。それに対して、本報告は二次創作という「表現」それ自体をとりあげる。二次創作は、著作権などの問題からテクスト分析の難しさがしばしば指摘されるが、二次創作が原作の受容と生成をめぐる間テクスト的な文化実践である以上、その表現に目を向けることは現代文化の機構の一端を理解する上で重要である。

そこで本報告では、『週刊少年ジャンプ』(集英社)の掲載作品を原作とする二次創作同人誌を事例として、その物語テクストの生成について「定型性」と「不定型性」というキーワードから分析をおこなう。ここでいう定型性とは、原作に対する「解釈」、その解釈に基づく表現の「技法」、その技法に基づいて描かれる「物語内容」における一定の型を指す。『週刊少年ジャンプ』は二次創作の原作を提供する重要なメディアであるが、本報告は特に2000年代以降の事例を分析することで、二次創作の生成過程に定型性と不定型性という両義的側面を見出していく。分析をつうじて二次創作という創作の機構と機能について考察することを、報告の狙いとする。

Amateurism and Professionalism in Sports as Reflected in Japanese Cartoon Animation/Joachim Alt(National Museum of Japanese History)

In post-war Japan sports strongly reflected ideals from the pre-war and war periods. Medial representation of sports too incorporated these values, such as functioning as a closed community, and willpower. These are elements of the so-called Konjō-ron, which inadvertently implies amateurism on the side of its practitioners for inherently denying technical or athletic superiority. Accordingly, sports in Japan have long been seen as an amateurish pastime, at best a tool for shaping individuals into conform members of society. The Japanese women’s Volleyball team, nicknamed Witches of the Orient, validated this ideology with their gold-winning performance at the 1964 Tokyo Olympics, sparking a wave of sports enthusiasm that included the iconic manga / anime series Atakku No. 1. Yet, since the 1990s, sports in Japan have developed towards a professionalized image. This presentation introduces various aspects of a developing research project on the change of the depiction of sports from amateurism to individualistic professionalism in anime, assuming that a change in sports culture would be reflected in entertainment media. This project uses visual signifiers and other elements to read and compare especially Atakku No. 1 and its contemporary counterpart Haikyū! in their social and medial contexts following / preceding Tokyo Olympics.

広報委員長:増田展大
広報委員:岡本佳子、髙山花子、福田安佐子、堀切克洋、角尾宣信、居村匠
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年2月22日 発行