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香川檀『ハンナ・ヘーヒ──透視のイメージ遊戯』オンライン書評会

報告:香川檀

日時:2020年7月18日(土) 14:00〜18:00
主催:神戸大学国際文化学研究推進センター(Promis)
登壇者:香川檀(著者、武蔵大学)、小松原由理(評者、上智大学)、河本真理(評者、日本女子大学)、松井裕美(評者、神戸大学)
司会:石田圭子(神戸大学)


ハンナ・ヘーヒ(Hannah Höch, 1889-1978)は、ドイツの前衛運動ベルリン・ダダのメンバーとして知られ、フォトモンタージュ作品で20世紀美術史に名を残した作家である。拙著『ハンナ・ヘーヒ』(水声社、2019年8月)はその評伝であり、同時に90年近い彼女の創作を追うことで、作品の諸相に光をあてた。

神戸大学の主催による書評会は、ドイツ文学・視覚芸術研究の小松原由理氏、および近代美術史研究の河本真理氏、松井裕美氏を評者に迎え、オンラインで行われた。本報告では4名の発表のなかから、ヘーヒの創作に関する作品論と、女性表現者としてのあり方という作家論とを抽出して紹介する。

ヘーヒは、戦前の前衛が開拓したコラージュ技法をよくし、香川の著書においてもダダ期の創作としてはコラージュの分析に重点をおいている。とくに、細部のイメージ断片がもつ運動性や、それらの連結による装置性という特徴を彼女の独自性として強調した。これに対し、小松原氏からは、ダダが本来19世紀末以来のカバレット文化に発するものでパフォーマンスや詩の朗読を主要な表現としているので、美術の枠だけでは捉えきれないのではないか、という問題提起がなされた。そして、ヘーヒの創作には、作品を完結させず手を入れ続けるプロセス・アート的なところがあり、叙事詩のように第三者へ開きながら語り継ぐという面がある、との指摘もなされた。河本氏からも同様に、「ダダは様式史で語れるか」という問いのもと、ダダは様式ではなく「複数の戦略」として理解すべき、との見解が示された。そのうえで氏は、ヘーヒの絵画にコラージュ原理が通奏低音として流れていることを指摘した。また、松井氏はヘーヒの作品に頻出する、個々のモチーフを載せる「台座」に注目し、キュビスム彫刻の展示戦略では台座が消失するのに対してヘーヒの作品では台座が前景化することの意味を、引用元である制度への批判性を高めるものとして解釈した。

一方、戦前の前衛運動における女性メンバーとしてのヘーヒの周縁的な位置づけについて、香川からは戦後におけるダダ研究、およびジェンダー研究で明らかにされたことを紹介した。小松原氏は、ヘーヒがダダイストというより「共鳴し随伴し、そして批評した存在だった」と指摘し、むしろヘーヒの模索のなかに「ダダの理想形」が表現されていたと見るべきではないか、と論じた。河本氏は、ヘーヒがダダについてテクストをほとんど残していないことに触れ、「女性の語り(にくさ)」に注目するなかで、ヘーヒが言葉というよりイメージで思考し、語ることを指摘した。また松井氏は、ヘーヒの女性像や母親像において、「消費者としての女性」vs「生産者としての男性」、あるいは「自然(産む性)としての女性」vs「精神・思考活動としての男性」という二元論が維持されており、第一次世界大戦後の新しい人間像を描いたはずの彼女の作品に、依然としてジェンダー・イデオロギーが根強く残っていることを指摘した。

以上は、4時間を超す長丁場となったオンライン書評会のごく一部であり、他にもそれぞれの登壇者の研究にひきつけた興味深い作品例や理論の紹介が多々あった。この書評会をもとに、各登壇者がそれぞれの発表を文字化したり、発展的にまとめた論考が、『近代』(122号、2020年12月、神戸大学近代発行会)に掲載されている。

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年3月7日 発行