オンライン研究フォーラム2

研究発表3

報告:松本理沙

日時:2020年12月20日(日)15:30 - 18:00

  • 「国際的同時性」をめぐる美術言説の文脈と「日本」性──1960年代の「前田常作」論を手がかりに山下晃平(京都市立芸術大学)
  • 李禹煥における日常とパフォーマンスの関係──「仕草」の概念を中心に権祥海(東京藝術大学)
  • アグネス・マーティンの芸術実践における「Innocence」の概念について──映像作品《ガブリエル》(1976)の再解釈を通して進藤詩子
  • 図解したくなるとき──チャートジャンク論争とダイヤグラムのリアリズム伊藤未明

【司会】加治屋健司(東京大学)

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研究発表3のパネルでは、「国際的同時性」をめぐる美術批評、李禹煥「仕草」概念の意義、アグネス・マーティンの芸術実践にみられる「Innocence」概念、さらにダイヤグラムにおけるリアリズムを主題とした、現代芸術とデザインに関する4本の発表が行われた。


山下晃平氏による発表「「国際的同時性」をめぐる美術言説の文脈と「日本」性──1960年代の「前田常作」論を手がかりに」は、反芸術の一つ前の世代に属する作家前田常作(1926-2007)に関する当時の評価を再検討することで、「国際的同時性」の内実を検証するものであった。

1966年に美術評論家針生一郎によって初めて使用された「国際的同時性」は、「国際的かつ同時代的である」という認識の高まりを指す語であるという。山下氏はこの語を、海外の美術動向との比較を通して検討してきた従来の先行研究とは異なり、特に画壇から個へと移行してきた日本固有の構造に着目しながら、国内の美術団体に関する批評の文脈の中で読み解いていく。

まずは前田の作風と当時の評価について確認する。前田の代表的な作品である1960年代の「人間風景」、「人間誕生」シリーズには、屏風や組作の仕様や薄墨、隈取りの使用など、日本的な技法が取り入れられている。山下氏は、このような前田の作風こそが、抽象へと進む国際的な潮流に合致しつつも独自の質を持つ作家として評価された要因であったと指摘する。

次に山下氏は1950年代から60年代における批評動向に目を向ける。当時の作家や批評家は常に、日本の画壇への問題意識と比較材料としての欧米への関心を有していた。しかし画壇の停滞や再編という問題は、1967年の第9回日本国際美術展における「国際審査制」の導入、すなわち海外からの評価軸の介入によって解消される。加えてこの出来事は、日本美術界に画壇から個への移行というという大局的な変動をもたらした。

さらに日本文化論を援用するならば、戦後日本美術には画壇など中央から逸脱することの不安を、欧米への依存によって解消しようとする傾向がみられるという。したがって山下氏は、日本美術における国際性とは、日本の独自性を発信することへの「不安」を伴いながらも、各時代のメインストリームからの逸脱性を伴った表現であると結論付ける。

質疑応答では、マルクス主義者である針生が提唱した国際的同時性という概念に、インターナショナリズムの含意がどこまであったのか、という疑問が投げかけられた。


権祥海氏による発表「李禹煥における日常とパフォーマンスの関係──「仕草」の概念を中心に」では、李禹煥(1936- )における、日常ともパフォーマンスとも異なる「仕草」という概念の意義が明らかにされた。

権氏はまず、李にとっての日常やパフォーマンスの位置づけを確認する。李は産業社会における日常空間は「物象によって覆われ、オブジェと化した空間」であるとし、警戒すべきものとしていた。加えて彼は、60年代に興隆した身体表現としてのパフォーマンスからも距離をとる。李にとってパフォーマンスはあくまで間接化された表象空間の再現的なものであり、芸術が喚起すべき毒気や違和感を有してはいないのだ。このように日常とパフォーマンスを問題視する李は、代わりに「仕草」という概念を導入する。

だとすれば、この「仕草」とはいかなるものなのだろうか。その内実を明らかにするため、権氏は《関係項》(1968- )シリーズにおける限定と反復の性質に着目する。権氏によると、これらの作品では、反復の中で行われる差異が重要なのだという。例えば《関係項(現象と知覚B)》(1969)であれば、毎回ガラスに石を落とすという定められた仕草を行うにもかかわらず、その都度異なる結果を生む点が肝要になる。

さらに権氏は原体験として李が語る母親と千利休についてのエピソードを確認し、日常に根付いた地道な行為の中から差異が生まれる瞬間に彼が着目していたことを指摘する。以上の考察から「仕草」とは、反復する身体行為によって、理性に支配された日常に外部性をもたらし、新たな光景を示すものとして定義されるのである。

発表後の事実確認に関する質疑応答では、李禹煥氏ご本人が1968年当時の制作状況について語るという貴重な一幕もみられた。李氏によると、ガラスを石で割るというパフォーマンスをはじめて行ったのは1968年であったという。そのとき使用されたのは、工事のため外されていた、ギャラリー新宿のビルの窓ガラスであった。また権氏が発表の中で扱った1969年のバージョンとは異なり、1968年の《関係項(現象と知覚B)》ではガラスではなく鉄板にヒビを入れていたという。李氏は、ガラスではなく鉄板を割るというトリックのような作品を披露することで、行為や物といった現実への信頼感を揺るがせる目的があったと語った。


進藤詩子氏による発表「アグネス・マーティンの芸術実践における「Innocence」の概念について──映像作品《ガブリエル》(1976)の再解釈を通して」は、アグネス・マーティン(1912-2004)における映像作品を、二項対立の中性化を示す「Innocence」という概念から考察するものであった。進藤氏による発表は、これまで多大な影響を与えていたロザリンド・クラウス「アグネス・マーティン――/雲/」による解釈から離れ、マーティンの絵画作品から連なる仕事の上に《ガブリエル》を置き直す試みであったといえよう。クラウスの解釈に代わって進藤氏が依拠するのは、ダグラス・クリンプが提示する「Innocence」概念である。

美術史家アナ・ロバットもまた、マーティンのドローイング作品における「Innocence」概念について論じている。ロバットは、マーティンの作品や文章に二項対立的図式を回避する傾向があることを指摘し、マーティンのドローイングが二項対立を中性化する機能=「Innocence」を持つとする。進藤氏は《ガブリエル》についても、二項対立の中性化である「Innocence」という観点から考察を進める。例えば《ガブリエル》における少年の目から見た花、川、木立を映すシーンでは、それらに光があたるショットと影になるショットが絶え間なく切り替わるという。進藤氏はこの点に着目し、ここでは光と陰という二項対立が中性化されていると語る。

ところで進藤氏ははじめに、マーティン作品において、グリッドや少年といった何らかの対象によって表象されるものとしての「Innocence」と、経験としての「Innocence」を区別する必要性を主張していた。この区別を踏まえると、先の分析は経験として「Innocence」に該当する。では風景の中に佇む少年についてはどのように理解すればよいのだろうか。氏はこれが表象としての「Innocence」であるとし、《ガブリエル》は何らかの対象によって表象される「innocence」と、 経験としての「innocence」とが交互に織り上げられているものであると結論付けた。

質疑応答では「innocence」が二項対立的な構造に対する操作的な概念であるとすれば、「innocence」を示す「少年」自体もまた、何らかの二極を想定しているのか、といった疑問や、映像作品内での少年の身振りや動きなど、その表象のされ方についての質問が挙がった。映像作品内での「少年」の表象について今後更なる考察を加えることにより、崇高とは異なる「innocence」概念が、より明瞭に示されることだろう。


伊藤未明氏の発表「図解したくなるとき──チャートジャンク論争とダイヤグラムのリアリズム」は、ダイヤグラムという表現形式に様々な水準のリアリズムを見出すものであった。

まず伊藤氏が取り上げるのは、エドワード・タフティによって開始されたチャートジャンク論争である。タフティはこの論争の中で、データの正しさやその伝達を阻害するとして、チャートジャンクと呼ばれるデザイン的なグラフを批判した。代わりにタフティは、データの科学的かつ正確な表現を担保する、記号的な図式性をグラフやダイヤグラムに求める。伊藤氏はこのタフティの立場をミニマリズム、チャートジャンクの立場をデザイン主義と呼ぶ。

このように、類像的要素はしばしばデザイン主義と結びつけられてきた。しかし伊藤氏は、リアリズムはミニマリズムにも持ち込まれる場合があると主張する。そこで参照されるのは、デイヴィッド・カイザーによる議論である。カイザーは、1948年にリチャード・ファインマンによって提案された量子電磁力学における電磁作用の計算に使用される図に着目している。この図は当初、物理現象の視覚表象とは異なるという点が協調されており、物理現象とそのダイヤグラムは別物として捉えられていた。しかし1960年代になると、物理学者らは素粒子運動の軌跡とそれを図式化したダイヤグラムとの親近性を認めるようになる。物理学者らは、ミニマリズム的ダイヤグラムにリアリズム要素を見出し始めたのである。

さらに伊藤氏はティム・インゴルドを援用し、別のリアリズム的側面に言及する。インゴルドによると真実は、科学的な価値中立性やデカルト的主客二元論と結びついた黒い線によって表現されてきたという。この論を踏まえると、タフティのミニマリズム的ダイヤグラムにおいても、黒色の線というリアリズムを認めることができる。伊藤氏の発表は、デザイン主義と結びつけられてきた類像的特徴を、ミニマリズム的ダイヤグラムにおいても見出すことによって、この二元論的思考を揺るがすものであったといえるだろう。

質疑応答では、物理的な対象に基づくとともにその関係性を写しとる電子回路図において、リアリズムはどのように考えられるのか、という点が議論された。現実にある対応物とは異なる、回路図自体が持つリアリズムの可能性について言及されるなど、刺激的な議論が展開されたといえよう。


「国際的同時性」をめぐる美術言説の文脈と「日本」性──1960年代の「前田常作」論を手がかりに/山下晃平(京都芸市立術大学)

本発表は、1960年代の日本の美術言説に見られた「国際的同時性」の文脈を検証し、戦後日本の美術史形成過程についての一考察を行う。その際、根幹にある日本文化の構造に照らして解明する。近年、戦後日本美術再評価の動きや、アジア各地でコレクティブな活動が展開するなかで、「国際性」と「地域性」に関わる議論が生じている。近現代美術史を上書きするためには、西洋に起因する美術制度と各地域の文化構造とを検証することが重要となるが、1960年代の美術言説「国際的同時性」の文脈を明らかにすることは、そのような美術史形成過程に関する研究において重要な視座をもたらす。
美術言説「国際的同時性」は、1960年代の画壇に所属しない前衛的な若手作家らに対する批評の中で登場する。そこで、本研究では美術雑誌等より「国際的同時性」に関連する言説を抽出し、それら言説が生じる背景や批評の価値基準そのものを読み解く。同時に、彼らの一つ前の世代である作家「前田常作」に焦点を当てる。前田常作は、具象から抽象へと進む同時代において国際性における独自性の議論とともに国内外で高く評価された。本研究では、当時の主要な美術評論家らによる「前田常作」論にも注目することで、1950年代の「国際性」と「民族性」に関する議論と「国際的同時性」への接続を試みる。
結果として、美術言説「国際的同時性」の文脈には、「国際性」に対する価値基準の偏向の問題と、一方で画壇から個へという国内制度の問題とが重層的に関わり合っていることが捉えられる。この美術状況はまた、日本文化論を援用することで、日本が独自性を発信することへの「不安」の構造としても捉えられる。
最終的には、日本における真の「国際的同時性」は、いわゆる1960年代の「反芸術」の一つ前の世代で既に獲得していたこと、その主要な作家である前田常作の美術史上の再定位について提起する。

李禹煥における日常とパフォーマンスの関係──「仕草」の概念を中心に/権祥海(東京藝術大学)

本発表では、李禹煥(1936-)が日常と芸術作品としてのパフォーマンスの関係をどのように捉えたかについて「仕草」を中心に考察する。
李禹煥は、1960年代後半から「もの派」と呼ばれる現代美術の動向の中で中心的な役割を担った美術家であり、絵画か彫刻かに関わらず身体的行為によってもの同士や周囲の空間との関係を呼び起す作品を制作してきた。李は、産業社会をもたらした近代主義への批判という論点を軸に作家活動と評論活動を始めた。彼にとって日常は「物象によって覆われた空間」「オブジェとなった空間」のように警戒すべき対象であった。パフォーマンスについてもそれが日常に埋没されたものである限り、芸術が持つべき毒気や違和感を失ってしまうことを指摘した。
一方、李は1960年代後半に「仕草」という独自な概念を提示した。彼によれば「仕草」とは「何をしているか分からないような行為」であり、日常の現象を新しく捉えるための営みである。「仕草」を打ち出した文章「存在と無を超えて」(1969)では、関根伸夫の行為がいかに日常から飛躍できたかを分析している。李は「仕草」の概念化と共に、同じ時期に自らによるパフォーマンスも行っている。大きな紙3枚を地面に広げる「物と言葉」(1969)は、素材の限定、反復する行為による「仕草」を繰り広げた作品である。
「仕草」は、一切の日常性を追い払ったものというよりは、むしろ日常での反復される行為によって成立する面を持つ。李が関根を始め、千利休や川端康成などのエピソードを取り上げるのは、日常での地道な行為に根付いたパフォーマンスを裏付けるためと思われる。つまり「仕草」は、理性によって支配された日常を乗り越えるために、素朴で自然な日常的行為によって芸術的創造の意味を無力化する手法と言える。

アグネス・マーティンの芸術実践における「Innocence」の概念について──映像作品《ガブリエル》(1976)の再解釈を通して/進藤詩子

本発表では、アメリカ合衆国の美術家アグネス・マーティンの作品群のうちでただ一つの映像作品《ガブリエル》(1976)を取り上げ、彼女の芸術実践のなかの本映像作品の意義について論じる。自らの芸術を語る際、マーティンは「Innocence」という概念を繰り返し用いており、本作品でも「Innocence」が鍵概念だと述べている。だが、それにも関わらず、批評家R.クラウスは、マーティンの作品における「Innocence」概念を看過しているのみならず、マーティンの作品群における本映像作品の意義も認めていない。他方で、批評家D.クリンプは、マーティンの絵画と映像の関連に着目し、その鍵概念として「Innocence」に着目しているが、この概念が何を意味するのか詳らかにしてはいない。
近年、「Innocence」概念は、マーティンの絵画論(ドローイング論)のコンテクストで再評価されている。美術史家A.ロバットは、「Innocence」概念を、「ナイーブでセンチメンタル」といった一般的な意味ではなく、むしろ、これまでの芸術実践の枠組みを超えるラディカルな意味として捉え直している。ロバットによれば、「Innocence」概念は「Shimmer(微かなきらめき=揺らぎ)」のうちに体現されている。
本発表では、ロバットのこの指摘を本映像作品《ガブリエル》の読解に援用し、この映像作品の、輝きまた陰るモチーフの繰り返しといった対立関係を打ち破る構成にこそ、「Innocence」概念はもっとも鮮烈に体現されていることを明らかにしたい。さらに、この「Shimmer」が、観客の側にも、これまでの枠組みを超えるラディカルな立場を与える役割を果たすことをも示したい。
映像作品《ガブリエル》における「Innocence」概念の意義に光を当てることで、マーティンの芸術実践全体を一貫する思想の一端を明らかにすることができるのではないかと考える。

図解したくなるとき──チャートジャンク論争とダイヤグラムのリアリズム/伊藤未明

インフォグラフィックスや視覚コミュニケーションデザインの領域における有名な論争として「チャートジャンク論争」がある。この分野の第一人者とも言われるエドワード・タフティは、図やダイヤグラムから装飾的要素を出来るだけ排除することが、グラフィックスが事実を正しく伝えるために重要であるとして、ミニマリズムの立場を取る。これに対してナイジェル・ホームズは、グラフやチャートを印象深いデザインとすることによって、見る人の直観に訴えることが重要だと主張するが、タフティはホームズのデザイン中心主義に激しい批判を加えている。この論争は、視覚コミュニケーションデザインにとって重要なのは工学的な精密さなのか、あるいはアーティスティックな独創性か、という論点を浮き彫りにしている。本発表ではチャートジャンク論争を手掛かりにして、図解するという行為において我々は何をしているのかを考察する。特に議論の中心とするのはダイヤグラムである。ダイヤグラムは、量的な関係の直接的な表現(数量グラフのような表現)ではなく、装飾的な要素とミニマリスティックな構成を見分けることが難しい。その点において、チャートジャンク論争の2つの立場の違いが際立つことになる。ダイヤグラムの形式的特性からチャートジャンク論争を再訪し、図解することの意味を探ってみたい。

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年3月7日 発行