オンライン研究フォーラム2

研究発表1

報告:西川秀伸

日時:20201220日(日)13:00 - 14:30

  • Jホラーにおけるウイルスの主題と角川書店のメディアミックス宮本法明(京都大学)
  • この響きは犯罪の予感?~ 型の醸成としての「火曜サスペンス劇場」恩地元子(立教大学)

【司会】岡室美奈子(早稲田大学)

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研究発表1では、岡室美奈子氏の司会のもと、Jホラーと「火曜サスペンス劇場」をめぐって二つの研究発表が行われた。

まずは宮本法明氏が「Jホラーにおけるウィルスの主題と角川書店のメディアミックス」という題のもと、映画『パラサイト・イヴ』(1997年)と『らせん』 (1998年)を比較検討しながら、この二作品を新たにJホラーの歴史に位置づけた。最初にJホラーは小中理論に代表される一種の運動であり、その観点からすると『パラサイト・イヴ』と『らせん』はその限りではないことが確認される。そこからメディアミックスの観点とウィルスの主題を軸にして、それぞれの作品の再検討が試みられた。『パラサイト・イヴ』の考察では、角川書店によるメディアミックスの戦略が紹介された後、ミトコンドリアとH I Vの親近性が論じられる中でウィルスの主題の分析が行われた。『らせん』の考察では、1998年に併映された『リング』との関係のなかで、なぜウィルスの主題を正面から扱った『らせん』の存在が忘却されたのかについて議論が行われた。そのあと原作小説や原作者の鈴木光司の真意にも言及しながら、角川書店によるJホラーのメディアミックスがいかにしてウィルスの主題を通して物語の中に組み込まれたかが論じられた。

次に恩地元子氏による「この響きは犯罪の予感?〜型の醸成としての「火曜サスペンス劇場」」の発表が行われた。この発表では、おそらく誰もがお茶の間で一度は聞いたことがあるアイキャッチを中心に「火曜サスペンス劇場」における音楽の分析が試みられた。最初に二時間もののサスペンスドラマを対象とすることが明確化された後、「火曜サスペンス劇場」と「土曜ワイド」のライバル関係が歴史的に解説される。またサスペンスドラマの音/音響/音楽の区別の仕方が紹介され、『太陽にほえろ!』などの豊富な事例とともに作曲や選曲や主題歌についての知識も提供された。なかでも「火曜サスペンス劇場」のフラッシュバックテーマは特に異彩を放っており、その特徴的な音程である減三和音と減七の和音の解説が行われた。結論部では、その不穏な雰囲気を掻き立てる音楽が視聴環境に与える影響にも触れられ、将来的にT Vドラマを研究していくためのデータベース構築の必要性も説かれた。

質疑応答では最初に、テレビドラマがソフト化される際になぜ音楽が差し替えられるのか、あるいは映画『リング』の冒頭部で若者が死ぬのがなぜエイズの隠喩的表現なのか、といった質疑に対する応答が試みられた。次に宮本氏に対する質疑応答の中で、『リング』が映像化される際、呪いのビデオが必ずと言っていいほど貸別荘のレンタルビデオ棚に置かれていることが指摘される。そこからレンタルビデオとウィルスの伝播の関係について、またホラー映画におけるビデオの役割について活発な議論が展開された。また恩地氏に対する質疑応答では、特に「火曜サスペンス劇場」の特徴的な音程の成立背景について議論が深められた。


Jホラーにおけるウイルスの主題と角川書店のメディアミックス/宮本法明(京都大学)

1990年代の日本におけるホラー小説とその映画化作品(いわゆるJホラー)は、AIDSやエボラ出血熱など感染症の脅威を背景として、ウイルスの主題を繰り返し描いた。例えば、鈴木光司『リング』(1991年)の山村貞子は日本最後の天然痘患者に強姦のうえ殺害された。その続編『らせん』(1995年)では、ヴィデオ・テープの中に共生する貞子のDNAと天然痘のウイルスが人々を死に至らせる仕組みが明らかになる。また瀬名秀明『パラサイト・イヴ』(1995年)では、ミトコンドリアがまるでHIVのように人間の細胞核にDNAを組み込んで種の征服を企てる。
これらの作品は、角川書店のメディアミックス戦略とも密接に結びついている。角川は1993年に角川ホラー文庫、1994年に日本ホラー小説大賞を創設する。そこで第一弾の文庫化ラインナップに選ばれたのが『リング』であり、1995年の第二回にして初の大賞を受賞したのが『パラサイト・イヴ』である。そして角川書店は自社製作で1997年に『パラサイト・イヴ』を、1998年に二本立てで『リング』と『らせん』を映画化している。
しかし、映画『リング』(中田秀夫監督)・『らせん』(飯田譲治監督)・『パラサイト・イヴ』(落合正幸監督)はいささか様相を異にしている。『リング』脚本の高橋洋は、小中千昭や黒沢清と共に一種の運動として創作に励んでいた。例えば「幽霊の顔を見せない」といった彼ら特有の表現方法は「小中理論」と呼ばれるが、『らせん』と『パラサイト・イヴ』はそのコードから外れている。また、原作におけるウイルスの主題がどれほど忠実に再現されるかも映画によって異なる。つまり、小説の観点からすると密接に結びついている三作は、映画の観点からすると乖離しているように見える。本発表では、この非対称性が生じた経緯について、角川書店の商業戦略と当時の感染症に関する言説を含めて検討し、その歴史化を試みたい。

この響きは犯罪の予感?~ 型の醸成としての「火曜サスペンス劇場」/恩地元子(立教大学)

テレビのサスペンスドラマ最初期より、異質な響きとして視聴者の注意を喚起してきたであろうディミニッシュ・コードは、その展開、分散形態とともに、それ自体は何も意味しない物理現象でありながら 、最近も、犯罪、及びその予兆のアイコンとして使われている。この響きは「火曜サスペンス劇場」(19812005)のアイキャッチにおいて、原色がぶつかり合うなかに出現する、炎が映り込む瞳や粉々に砕け散る時計などの、当時としてはかなり斬新な映像とともに特権的な扱いが成されていた。同時代のサスペンスドラマのアイキャッチと視覚、聴覚、両面から比較検討すれば、この映像の先鋭性を明らかにすることができよう。ネット掲載分も含めて見聞できるのは、放映されたであろうドラマ数千の、おそらく数パーセントにも満たないという状況で、このシリーズを手掛かりに人々の無意識に沁み込んだ音響・音楽体験を掘り起こすなど無謀な企みではある。しかし、いま見返しても、制作に携わった人々の気概が伝わってくるこの番組を、テレビ番組制作が悪い意味で取り沙汰される今日、ドラマへの導入であるアイキャッチを手掛かりに、テレビ文化だけではなく洋楽演奏史なども参照しながら位置づけることは意味があるのではないだろうか。このシリーズが、毎週、ゴールデンタイムのお茶の間の目と耳を惹きつけ、この響きをサスペンスのイメージと結びつけるとともに、この響きそのものを視聴者がアイデンティファイする能力を育んだであろうことを示唆したい。

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年3月7日 発行