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シンポジウム ポーランドと日本における第二次世界大戦の記憶

報告:加藤有子

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日時: 2018年11月17日(土)、18日(日)
場所: ウィンクあいち 1201会議室(12階)

11月17日(土)開場12:30
13:00-13:30 加藤有子(名古屋外国語大学)「趣旨説明──〈ヒロシマ・アウシュヴィッツ〉のレトリックを超えて」
13:30-14:30 ヤツェク・レオチャク(ポーランド科学アカデミー)「ユダヤ人大虐殺のポーランドにおける記憶──カトリック・ナショナリズムの視点から」
14:30-15:30 バルバラ・エンゲルキング(ポーランド科学アカデミー)「『道徳問題が戸を叩く』──ユダヤ人大虐殺に対するポーランド人の姿勢」
15:45-16:45 高橋哲哉(東京大学)「戦後70年を超えて──現代日本の『記憶のポリティクス』」
16:45-17:45 東琢磨(批評家)「『ヒロシマ』というシンボルを再考する」

11月18日(日)開場9:45
10:00-11:00 ヨアンナ・トカルスカ゠バキル(ポーランド科学アカデミー)「1946年7月4日キェルツェのポグロム──ユダヤ人大虐殺の第四段階?」
11:00-12:00 西成彦(立命館大学)「処刑人、犠牲者、目撃者──三つのジェノサイドの現場で」
13:30-14:30 ピョートル・フォレツキ(ポズナニ大学)「〈正義の人たち〉のポーランド共和国──ユダヤ人大虐殺におけるユダヤ人救出をめぐる言説の構造と機能」
14:30-15:30 高橋博子(名古屋大学)「核抑止論大国日本」
15:40-16:10 最終討議

司会: 加藤有子(名古屋外国語大学)
主催: JSPS科研費「ポーランドの文学、美術、公共空間におけるホロコーストの記憶のジャンル横断的研究」(15KK0064, 15K16719 加藤有子)
後援: 名古屋外国語大学ワールドリベラルアーツセンター


1.ポーランドでは近年、第二次世界大戦中のユダヤ人虐殺にポーランド人が関与したことを指摘する発言や研究に対する圧力が強まっている。2000年、ヤン・T・グロスの著書『隣人たち』によって、1941年にポーランドの町イェドヴァブネで起きたユダヤ人虐殺が、ドイツ兵ではなくポーランド人の隣人たちによって行われたことが明らかになり、国内外に大きな議論を巻き起こした。ポーランドにおけるポーランド・ユダヤ人関係をめぐる記憶や歴史認識の大きな転換点となったこの本をめぐる議論以降、ポーランド人のユダヤ人虐殺への関与や協力、反ユダヤ主義は、ポーランドにおいてホロコースト研究の重要な一角を占めている。近年、話題になったパヴリコフスキ監督の映画『イーダ』(2013)も、このような歴史認識を背景にした物語だった。

こうした流れに抗するように、2018年2月、ポーランドの国民記憶院法(IPN法)が改正され、ナチス犯罪の責任もしくは共同責任をポーランド国家やポーランド国民に負わせる公的発言に対し、罰金もしくは3年以下の自由刑を科す条項が加わった。「学問や芸術は不問」という文言があったとはいえ、ポーランド人のみならず、発言の場所を問わず、外国人も対象とするこの法に、学術界からはもちろん、イスラエルやアメリカからも批判の声があがった。外交上の影響が懸念され始めた同年6月、議会で同条項の削除が決議されたが、数か月にわたってこの法律が効力を持った意味は小さくはない。

一方、2018年は、ポーランド人のユダヤ人虐殺への関与や反ユダヤ主義をめぐり、広範な資料調査に基づく大著がポーランドの研究者によって相次いで刊行された年でもあった。11月、これらの著者をポーランドから4名、さらに日本の戦争の記憶に関わる日本人研究者を4名招いて、名古屋で超領域的な国際シンポジウム「ポーランドと日本における第二次世界大戦の記憶――ホロコーストと原爆を起点とする比較的アプローチ」を開催した。

2.サブタイトルにはホロコーストと原爆という二つの出来事が挙がっているが、シンポジウムの主眼は二つの出来事の比較ではなく、それらをはじめとする第二次世界大戦中の出来事の研究状況も含めた言説および記憶の比較にある。欧米のホロコーストをめぐる記憶研究では、「多方向的記憶」を打ち出したM・ロスバーグ(2009)以降、ホロコーストをその他の出来事との比較の視野に捉える傾向が強まっており、本シンポジウムもその視野を共有している。異なる出来事を扱う、あるいは複数の出来事を比較的視野から扱う専門的研究を交差させることで、言語や国、地域別研究に分断されがちな第二次世界大戦の記憶をめぐる研究に、ひとつの共通の視座と、方法論や研究動向を共有する場を開くことを意図した。

第二次世界大戦をめぐる日本の記憶を論じるうえでは、従軍慰安婦や南京大虐殺なども重要なテーマになる。今回、原爆を選択したのは、日本におけるホロコーストの受容が、原爆や核をめぐる平和主義的言説と密接に結びついていたからである。1962年の「ヒロシマ・アウシュヴィッツ平和行進」を契機に、日本の平和主義運動とポーランドのアウシュヴィッツ博物館に結びつきが生まれ、それが冷戦体制のなか、双方の国で受け入れられ、とりわけ日本では「ヒロシマ・アウシュヴィッツ」という連想体系が根づいた。その一方、イスラエルなど欧米諸国では、ユダヤ人虐殺と、枢軸国日本の原爆による被害を結びつけることに批判があった。日本の第二次世界大戦をめぐる言説や記憶をより広い視野から捉えなおすうえで、ホロコーストと原爆を結びつける日本の平和主義言説から再考する必要があると考えた。また、原爆は比較的長期にわたって歴史学以外でも研究対象として定着しているテーマであり、近年、領域横断的な新たな研究の展開を迎えつつあることも選択の理由であった。

3.シンポジウムでは最初に、主催者である筆者が「〈ヒロシマ・アウシュヴィッツ〉のレトリックを超えて」と題して、欧米中心に隆盛を見せる記憶研究の動向、とりわけホロコーストを中心とする第二次世界大戦や戦時暴力をめぐる理論的動向を紹介し、企画の背景と意図を説明した。ポーランドにおけるユダヤ人虐殺*1の記憶、そして、第二次世界大戦中の日本に関わる出来事(広島と長崎への原爆攻撃、従軍慰安婦、南京大虐殺など)をめぐる戦後日本の諸言説や記憶をめぐる状況を、1990年代を大きな転換点として概観し、全体の導入とした。

*1 ポーランド語で「ザグワダ・ジドゥフ」(Zagłada Żydów)。「ザグワダ」(zagłada)は「絶滅、全滅」、「ジドゥフ」(Żydów)は「ユダヤ人」の複数形生格。「ザグワダ」だけでもユダヤ人虐殺を意味しうる。ポーランドでは外来語の「ホロコースト」よりも、こちらが使われ、ポーランドからの研究者はこの用語を用いた。

ポーランドの研究者は、それぞれ最新の著書をもとに報告した。膨大な資料を発掘、調査し、それらをテクスト分析、心理学、社会学、文化人類学、政治学という歴史学とは異なるアプローチから分析する研究であり、聴衆も交えた活発な議論が続いた。

文学研究者のヤツェク・レオチャクは、ユダヤ人虐殺や反ユダヤ主義とポーランドのカトリック教会、カトリック・ナショナリズムとの結びつきを論じた。歴史家のバルバラ・エンゲルキング(2018年までアウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館の諮問機関である国際オシフェンチム委員会委員長)は、ユダヤ人虐殺の「第三段階」、すなわち絶滅収容所への移送から逃れたユダヤ人が地方の村や森に隠れた局面にあたる1942-43年を扱った。ゲットーから逃れてユダヤ人が隠れた地方の町村を例に、救援を求めるユダヤ人に対してポーランド人が取った態度を、資料調査をもとに7つに類型化して具体例とともに示した(無償の救援、有償の救援、救援の拒絶、無関心、ゆすり、密告、殺害)。文化人類学者のヨアンナ・トカルスカ=バキルは、ユダヤ人虐殺の「第四段階」、すなわち、終戦直後の反ユダヤ主義を扱った。1946年7月4日にキェルツェで起きたポーランド住民によるユダヤ人住民の集団殺戮を、新資料をもとに複数の視点から明らかにした。そこでは、中世以来ヨーロッパに広まったユダヤ人の儀式殺人伝説*2の変形が背景にあることも示された。政治学者のピョートル・フォレツキは、ユダヤ人とポーランド人の関係をめぐるポーランド社会の言説が、国内を二分する論争に展開していることを、ユダヤ人を救った〈正義の人〉の政治利用を軸に報告した。

*2 ユダヤ人が宗教儀式に必要な血を得るためにキリスト教徒の子供を誘拐して殺害するという伝説。

日本からは、ポーランドやヨーロッパの第二次世界大戦の記憶を横断的に論じる2人と、広島の原爆について専門的に論じる2人が報告した。

1990年代の歴史認識論争の主要論客でもあった哲学者の高橋哲哉は、日本の記憶のポリティクスの変遷を現在の視点から振り返り、さまざまな「記憶」の形として整理した。デリダを出発点に、高橋が長年テーマとしている「犠牲」という概念が参照され、ポーランドにおける死をめぐる語りと、日本の戦争の記憶を比較の視野に捉えるための共通項として、さらに本シンポジウムの議論をつなぐ概念として機能させた。ポーランド文学の研究者でもある比較文学者の西成彦は、アウシュヴィッツ、広島、南京に代表されるジェノサイドをめぐる様々な文学の語りを連鎖的につなげ、文学という個人の語りに、そして犠牲者の死にも加害者の死にも等しく一人の個人=人間としての死を見出すことで、狭いナショナリズムを超える契機を探った。広島在住の批評家であり、広島をめぐる言説を多様な視点から論じる東琢磨は、「ヒロシマ」をめぐる語りの複層性、あるいは国家対個人の語りの対立を浮き彫りにしていく。アメリカ史専門の高橋博子は、一次資料をもとに、日本政府の原爆をめぐる言説の二重性を示し、戦後の核抑止論を検証して問題点をあぶりだしたほか、1950年代の米民間防衛法と日本の「Jアラート」の類似性を指摘し、現在の日本の核をめぐる政策に警鐘を鳴らした。

ポーランドと日本は第二次世界大戦への関与はもちろん、戦後史も地政学も異なるが、自国の関わる戦争犯罪や戦時暴力をめぐる国内の語りの二分、〈正義の人〉の前景化、その背景にあるナショナリズムと結びついた歴史的事実の否定や歴史修正主義の浸透など、記憶をめぐる共通点が多々浮かび上がった。戦後70年以上が経過し、体験者=生存者の語りを軸とした第二次世界大戦の記憶の継承が転換期を迎える一方、世界的には排外的なナショナリズムに基づく歴史修正主義や否定論が強まっている。本シンポジウムはこうした状況に対する歴史学以外の学術界からの応答でもあった。

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すべての報告は、翻訳を通したズレの増幅を最小限にするために、それぞれの第一言語(ポーランド語もしくは日本語)で行い、事前に用意した翻訳を映写した。質疑応答は逐次通訳のかたちで進めた。専門地域と領域を超えて、研究者を中心に多くの聴衆が集まり、活発な議論が行われ、今後につながる研究上のつながりも生まれた。高度に専門的な内容を扱う議論が成立したのは、逐次通訳を担ってくださった久山宏一先生、三井レナータ先生のおかげである。記して感謝を示したい。

一般参加者からは、「こういう(自国の戦争犯罪のような)話をしていると、自虐史観と言われるのでは」と危惧する問いがあった。従来の研究を踏まえたうえで、新たに資料(証言を含む)を発掘する努力を続け、それらを分析、検証し、事実を論理的に再構築すること、それらをめぐる言説や記憶の形成とその機能を検討すること、そうした専門知に基づき現在の社会に提言する、という研究者の営為は、たとえ導き出された学術的結論を「自虐」と感じ、評する人がいようとも、何ら変わることはない。「自虐」は特定のナショナリズムに基づく主観的判断であるが、学問の立脚地は狭いナショナリズムではない。学術界の社会的責任の大きさも感じた。

本シンポジウムの報告原稿は、ポーランドと日本でそれぞれポーランド語と日本語で2019年度中に刊行予定である。日本では、ヤン・T・グロスの『恐怖』(2006、邦訳『アウシュヴィッツ後の反ユダヤ主義』2008)によって、ポーランドの反ユダヤ主義とカトリック教会の結びつきやキェルツェのポグロムなど、今回の報告に関わる大枠の紹介はなされていたものの、それ以降の研究の紹介はなかった。日本語版論集はその空隙を埋めるものでもあり、ポーランドの事例との比較を通して、日本の現状を考える手がかりともしたい。

(加藤有子)



広報委員長:香川檀
広報委員:利根川由奈、白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2019年6月14日 発行