編著/共著

佐藤嘉幸田口卓臣、前田朗、村田弘(著)

『脱原発の哲学』は語る

読書人(電子書籍)
2018年7月
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本書は、2017年12月から2018年2月にかけて横浜のスペース・オルタで、憲法学者の前田朗を聞き手として行われた、『脱原発の哲学』(人文書院、2016年)の著者、佐藤嘉幸・田口卓臣のインタビュー記録である。インタビューは、第1章「「故郷喪失」と「避難の権利」」、第2章「原発が壊す社会と人間」、第3章「ポスト核時代を展望する」の3章からなり、その後、第4章として、強制避難区域であった南相馬市小高区から横浜への避難者である村田弘氏(元朝日新聞記者、福島原発かながわ訴訟原告団団長)のインタビューと、第5章として、福島原発かながわ訴訟の傍聴記が付されている。本書は、『脱原発の哲学』の内容をインタビュー向けに平易に解説すると同時に、同書出版後に展開された新たな状況をフォローアップして論じている。本書出版後の状況も併せて、以下にそのフォローアップした主要論点を列挙しておく。

1)原発避難者をめぐる状況は厳しさを増している。いまだ高線量の汚染が残る「帰還困難区域」を除いて、2017年3月に住民への避難指示が解除され、それに伴い避難者への賠償や経済的支援(家賃補助など)は次々と打ち切られているが、避難指示が解除された自宅に帰還する人々は2018年2月現在でも15%程度と少なく、避難先で経済的に困窮する避難者は少なくない(そのために自殺者さえ出ている)。避難者による原発訴訟では地裁判決が相次いで出されているが、福島第一原発事故に関する国や東京電力の責任を認定した判決も少なくないものの、他方で、判決が認定した賠償額は極めて少なく、またADR(原子力損害賠償紛争解決センター)では東京電力による和解拒否も相次いでおり、避難者や帰還者を取り巻く困難は深まるばかりである。

2)福島県県民健康調査の進行とともに、小児甲状腺ガンの罹患数は増加を続け、現在では「スクリーニング効果」と判断しうる範囲を大幅に超えて、平均的な罹患率の100倍を超える患者が見つかっており、県民健康調査検討委員会でさえ多発を否定できない状況になっている。その中で、大阪大学の高野徹氏など一部の医師は「過剰診断説」を唱え、学校での甲状腺エコー一斉検診を「人権問題」などと主張するが、実際には、福島県の小児甲状腺ガン患者の手術執刀医である鈴木眞一氏(福島県立医科大学)が発表した手術報告を参照すれば、転移ありの症例が77.6%と、とても「過剰診断」とは言えない状況が観察される。他方で、住民の間では健康影響について語ることはある種のタブーとされ、奇妙なことに、言論界でもおおむねそれを追認する傾向が見られる。

3)老朽原発の40年廃炉を原則としていた原子力規制委員会の当初の方針は、民主党から自民党への政権交代によってなし崩し的に撤廃され、(菅直人氏によれば、石油の輸入が止まるなどごく限られた状況を除いて)当初は例外とされていた40年以上の老朽原発の20年運転延長は、ほぼ問題なく容認される方針へと転換されつつある。規制委員会はまた、原発過酷事故が起きても多数の住民の避難は困難であるとして、できるだけ住民を避難させない方針(原発から5キロ圏のみを避難指示区域とし、5キロから30キロは屋内退避)へと原則を転換しつつある。こうした方針転換の中で、首都圏から最も近い茨城県の東海第二原発は、再稼動へ向けて着々と準備を整えつつある。

これら3点だけを見ても、福島第一原発事故から8年が経過しようとする中で、私たちにこの過酷事故のインパクトを故意に忘却させようとする社会状況が厳然と存在する、という事実が理解できるだろう。私たちは、本書の中でこの傾向を、福島第一原発事故の「風化」ではなく意図的な「否認」と表現し、それを取り巻く社会状況を新自由主義政策や現代版「日本イデオロギー」との関係から論じているが、実際、東京オリンピックや大阪万博といった20世紀的モニュメント政治の時代遅れの反復によって、この「否認」は強化されるばかりである。こうした状況の中で、本書でも積極的に取り上げている、原発事故の被害者としてそうした「否認」の傾向に抗う実践を続けている村田弘氏ら多くの福島住民の声に、どうか一人でも多くの方々が耳を傾けていただければ、と著者の一人として願ってやまない。

(佐藤嘉幸)

広報委員長:香川檀
広報委員:利根川由奈、白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2019年2月17日 発行