単著

亀山郁夫

ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光

岩波書店
2018年3月

本書はロシア文学者の著者による作曲家ショスタコーヴィチの評伝である。作曲家が生きた「歴史の理解をとおして彼の音楽の根元に辿りつ」くこと(13頁)を目的とした本書は、ショスタコーヴィチと20世紀ソ連の全体主義、とりわけスターリンとの関連に焦点を当てる。そしてショスタコーヴィチ個人のエピソードや歴史的事件を時系列に追いながら、作品にまつわる謎に対してロシア内外の先行研究の解釈を紹介し、さらに独自の解き明かしを試みる。それは同時にショスタコーヴィチの音楽が持つ「違和感」、そしてそれを語る方法への著者の絶えざる問いかけでもあるように思える。作曲家が「二枚舌」を駆使しながらスターリン権力との緊張関係を生き延びたことを念頭に置くならば、例えば交響曲第7番第1楽章の「侵入のエピソード」が祖国へのナチス侵攻を表象しているという作曲家自身の解説も、それに対する先行研究の数多くの疑義も、最終的に戦争の両義性を皮肉っているという著者の解釈も無効になってしまう危険性があるからだ。そのような聞き手の経験自体も含めてショスタコーヴィチの作品が全体主義の影響による「変形」の音楽であるということを強く認識させられる。扱われる作品は交響曲や《ムツェンスク郡のマクベス夫人》を初めとする舞台作品はもちろん、協奏曲、室内楽、声楽作品など多岐にわたっており、楽曲理解の手引きとしても読める充実さである。

(岡本佳子)

広報委員長:香川檀
広報委員:利根川由奈、増田展大、白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年10月16日 発行