編著/共著

岸本智典、入江哲朗、岩下弘史、大厩諒 (著)

ウィリアム・ジェイムズのことば

教育評論社
2018年6月
複数名による共(編/訳)著の場合、会員の方のお名前にアイコン()を表示しています。人数が多い場合には会員の方のお名前のみ記し、「(ほか)」と示します。ご了承ください。

本書は、ありていに言えば、米国の哲学者ウィリアム・ジェイムズ(1842–1910)の名言集である。ジェイムズのさまざまな著作および書簡から引かれた56の「ことば」が7章にわたって紹介され、岸本智典、岩下弘史、大厩諒による解説がそれぞれの「ことば」に付されている。章間にはジェイムズの思想史的背景を論じる入江哲朗(筆者)の5つのコラムがあり、巻末では、英国のプラグマティストでありジェイムズとも親密に交流していたF・C・S・シラー(1864–1937)の哲学に光を当てる町本亮大の「特別寄稿」を読むことができる。

一般に、哲学者の名言集は功罪相半ばするものと見なされがちである。なぜなら、名言集には当該の哲学者に対する幅広い読者の興味を喚起するという役割が期待される一方で、ミスリードへの懸念も研究者たちからしばしば寄せられてきたからである。たしかに、「名言」としての貫禄を上げるために厳密な翻訳を犠牲にしたり、表記の煩雑さを嫌って出典の書誌情報を省いたりした名言集は、学問的な関心への入口として十全には機能しえないし、場合によってはそうした関心の発達を阻害しさえするだろう。

この点に関して特筆すべきは、本書が、翻訳の正確さに最大限配慮しているばかりでなく、巻末の「原文一覧」という項目において、すべての「ことば」の英語原文と出典を列挙していることである。加えて、本書の希少価値は、現在書店で購入可能なジェイムズの解説書が少ないという事実によっても高められている。これからジェイムズを専門的に研究しようと思っている方にも、なんとなくプラグマティズムに関心を抱いている方にも、あらゆる読者に勧められる入門書に本書は仕上がっているはずだと、筆者は共著者のひとりとして自負している。

本書の表紙には“The Quotable James”という英題が掲げられている。これは実は、2017年にプリンストン大学出版会から刊行されたThe Quotable Darwinというチャールズ・ダーウィン(1809–82)の引用集(ジャネット・ブラウン編)を念頭に置いて筆者が提案したものである。しかし、提案者でありながらも筆者は、この英題には次のような批判が寄せられるかもしれないと密かに考えていた。それぞれの文脈から切り離された「ことば」を収集するというのは、「意識の流れ」という学説によって心の連続的な様相を強調したジェイムズとは相容れない行為であって、「クォータブルなジェイムズ」などというものはどこにも存在しないのだ……云々。

もちろん、こうした批判に対しては複数の水準から応答できる。たとえば、個々の「ことば」の解説は文脈を読者に伝えることを心がけているとか、あるいは、ジェイムズにおける連続性と断片性というテーマは「多元的宇宙」の一元性と多元性という論点とも繫がる難問であるとか。しかし、本書の制作において筆者がもっとも興味深く感じたのは、「流れ」を重視しているはずのジェイムズの文章がきわめて「クォータブル」である──すなわち、引用したいと思わせる「名言」に満ちている──という、矛盾しているようにも見える事実であった。筆者には、哲学的な探究に値する問いがこの事実に潜んでいるように思われてならない。

以下は、筆者がもっとも好きなジェイムズの「ことば」のひとつである。「われわれの〔生における〕突進と突撃は、あたかも戦闘における現実の砲列の火線のようであり、農夫の放った火が乾いた秋の野を細い線となって走る姿のようである。このような線のなかで、われわれは過去を振り返りながら生きていると同時に、未来を予想しながら生きてもいる」(ことば7の後半[ERE, 42/邦訳、79頁])。この引用を読むだけでも力が湧いてくる気がするけれども、文脈を踏まえて原文を読めば味わいはさらに深まる。気になる方は、ぜひ本書を実際に読んでいただき、ここでは略記せざるをえなかった出典の詳細もあわせてご確認いただければ幸いである。

(入江哲朗)

広報委員長:香川檀
広報委員:利根川由奈、増田展大、白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年10月16日 発行