第15回研究発表集会報告

研究発表2

報告:松木裕美

日時:2021年12月4日(土)9:00-11:00

  • ナンシー・ホルト《暗黒星の公園》(1979-84)における記念碑的性格──地域住民の経験に着目して/松本理沙(京都大学)
  • 物語に包摂されざる断片──高松次郎《THE STORY》/大澤慶久(東京藝術大学)
  • 真実と詐術──ロジェ・ド・ピールの絵画論における「技巧」をめぐって/村山雄紀(早稲田大学)

司会:平倉圭(横浜国立大学)

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研究発表2は、時代と地理区分の異なる3本の発表からなっていたが、司会の平倉圭氏が述べたように、奇しくも響きあう点があった。3つの発表に共通するのは、端的に言うと、芸術作品が「完成」に向かう過程における「観者/受け手」の役割へ光を当てていたことだ。

1本目の発表は、松本理沙氏による「ナンシー・ホルト《暗⿊星の公園》(1979-84)における記念碑的性格──地域住⺠の経験に着目して」である。アースワークで知られるアメリカの芸術家ナンシー・ホルトがワシントンDC近郊のロスリンに作った公園を取り上げる。天文現象を観察できる装置をつくって設置するというホルトの一貫したスタイルと、公共空間の再活性化という依頼主であるコミュニティーの希望が、どう交差するかを論じた。ロスリンの歴史は、ウィリアム・ヘンリー・ロスという人物が1860年8⽉1⽇にこの土地を買収したことに始まると言われる。作品は、この出来事を記念するために、毎年その日になると、公園に設置された球体およびポールの影と地面のアスファルトの模様が重なる仕掛けになっている。これにより、人間の歴史的な時に、宇宙的な時間が重ねられることで、記念行為に超越性、神聖さが付与されている、と松本氏は指摘する。

2本目の発表は、⼤澤慶久氏による「物語に包摂されざる断⽚──⾼松次郎《THE STORY》」である。戦後日本を代表する芸術家の一人である高松次郎の1972年の作品《THE STORY》を取り上げる。これは、当時普及しつつあったゼロックス・コピー機を使用し、アルファベット文字が順列にタイプされている紙を並べて、本のように仕立てたものだ。先行研究では「無限性」や「オリジナル/コピー」の概念を軸に論じられてきたが、大澤氏は高松のいくつかの証言を読み直すことで、新しい解釈を提案する。すなわち、Aaa, aab, aac...のように並んでいる文字列の中に、読み手がdie, god, bug, mad, nowなどの単語を見つけ、想像力を働かせることで、個人的な物語を編むことができる、その点において、この作品は機械的な順列から逸脱するし、未完である、と。「この物語は未完である」という高松自身が作品の前書きに記した一文にも整合性がでてくる。工業化社会という時代背景を文字通り反映するのでなく、機械的作業の中にも存在する現代人の体験の個別性に、高松がより着目し、作品の行く末を観者の反応にゆだねたと理解できる。

3本目の発表は、村⼭雄紀氏の「真実と詐術──ロジェ・ド・ピールの絵画論における「技巧」をめぐって」である。こちらは、時代も場所も研究対象もがらりと変わる。17世紀にフランスで活躍した理論家、ロジェ・ド・ピールの絵画論の分析である。ド・ピールは、当時、王立絵画彫刻アカデミーで過熱していた「素描派」対「色彩派」の論争の中で、色彩を擁護したことで知られる人物である。村山氏は、ド・ピールの論に頻出するartifice(技巧)という概念に注目し、本来よい意味(器用さ)でも悪い意味(ごまかし)でも使われる言葉であるが、ド・ピールは、画家が真実を探求するためにこの「技巧」を用いるべきであると、肯定的に評価したことを指摘する。すなわち、ド・ピールは、対象物を忠実に模写するのではなく、観る者の目を欺いたとしても「巧みに」誇張して描いたほうがよいと、主張していたのである。この論を展開するにあたり、村山氏が注目するのは、観者の役割である。画家の技巧の意義を評価できる観者、すなわち、技巧に気づき、画家の芸術的行為を再構築できるすぐれた観者によって、作品は享受され、その時点で完成に至るというのがド・ピールにとっての理想的な芸術作品の在り方なのである。

村山氏の発表で論じられた、絵画作品が「完成」に向かう過程における「観者」の役割というテーマが、大澤氏の発表における、高松の本の「読者」と作品の「未完性」に呼応していると感じた参加者は多かっただろう。そして、最初の松本氏の発表をその視点からとらえ直すと、ホルトの《暗⿊星の公園》において、「観者」とは、ロスリンの住人たちであり、毎年8⽉1⽇に公園に集まって、この現象を一緒に観察することで、このホルトの作品はその意義を十分に発揮する、すなわち「完成」に向かう、と解釈できないだろうか。

総合討論では、この共通するテーマはもちろんのこと、時間、物語、化粧、同時代性などの概念についてもより詳細な定義と深い考察が追及され、芸術家の他の作品との関連、のちの時代への影響なども視野に入れながら、活発な意見交換が行われた。

(松木裕美)


ナンシー・ホルト《暗黒星の公園》(1979-84)における記念碑的性格──地域住民の経験に着目して/松本理沙(京都大学)
アースワークの芸術家として知られるナンシー・ホルト(1938-2014)は、全米芸術基金の助成を受け、バージニア州アーリントン郡ロスリンに《暗黒星の公園》(1979-84)を建設した。曲線を描く通路、球体のオブジェ、スチールポールなどによって構成されたこの公園は、地域住民の憩いの場であるだけでなく、記念碑的性格も有している。というのも、一部の球体のオブジェとスチールポールには、その影を模したアスファルトが地面に設置されており、8月1日の午前9時32分頃になると、このアスファルトと実際の影が一致する仕掛けが施されているからだ。これはウィリアム・ヘンリー・ロスなる人物が後にロスリンとなる地を買収した1860年8月1日を祝するものであり、毎年この日になると、多くの地域住民が公園に集い、影の重なりを見届けるという。
先行研究はこうした記念碑的性格や、通路、公園としての機能に鑑み、《暗黒星の公園》を地域住民と良好な関係を築くパブリック・アートとして論じてきた。しかし、この作品が地域住民にどのような芸術経験をもたらすのかについては、十分に検討されてきたとは言い難い。それゆえ本発表は、《暗黒星の公園》が有する記念碑的性格、特に影の重なりが生じる時間に着目することで、地域住民に与える芸術経験を明らかにする。

物語に包摂されざる断片──高松次郎《THE STORY》/大澤慶久(東京藝術大学)
戦後日本の代表的な美術家の一人である高松次郎(1936-1998)は、1972年の第8回東京国際版画ビエンナーレにおいて《THE STORY》で国際大賞を受賞した。本作は、素材として文字が用いられ、ゼロックス・コピー機によって本のように仕立てられている点において、1960年代中頃から興隆したコンセプチュアル・アート―特にダン・グレアムの作品やセス・ジーゲローブの『ゼロックス・ブック』など―に部分的に依拠するものであると言える。しかしながら本作は、コンセプチュアル・アートとは一線を画する高松独自の思考が認められる重要な作品である。本発表ではこのことを本作の分析と高松のテクストの検討を通じて明らかにする。
本作ではまず序文にて「This story is unfinished」と宣言された後、チャプター1においてaからzまでが順にタイプされ、チャプター2では2文字の組合せaa、ab、ac…、チャプター3ではaaa、aab、aac…、チャプター4では、aaaa、aaab、aaac…といった具合に1から4文字までのアルファベットが順列に従ってタイプされている。ただしそれは2冊で終わっており序文の通り未完である。これまでの研究では、本作におけるアルファベットの膨大な組合せの果てしなさや、制作過程でコピー機が使用されていること、また本形式が採用されていることからオリジナルに対するコピーの問題などが指摘されてきた。先行研究を踏まえつつ本発表が特に着目するのは、本作のプロット(因果関係)とストーリー(前後関係)である。この物語はプロットが順列であることから展開と結末が予測可能であり個々の組合せはあくまで順列という物語内の必然的関係の中にあるはずである。しかしながらその展開では特定の単語が偶然に生成されることとなる。それらの単語は物語の外部を指示するものもあれば読者とのプライベートな関係を結ぶものもあり、本作は常に物語の筋を毀損する可能性を孕んだ作品なのである。

真実と詐術──ロジェ・ド・ピールの絵画論における「技巧」をめぐって/村山雄紀(早稲田大学)
本発表はフランス古典主義時代に活躍した理論家ロジェ・ド・ピール(Roger de Piles,1635-1709)の絵画論を分析対象とする。ド・ピールは当時の王立絵画彫刻アカデミーで過熱化していた「色彩論争」における「色彩」派の論客として知られているが、彼が絵画の理論家としてにわかに注目を集めるようになったのは、『色彩についての対話』(Dialogue sur le coloris, 1673)をはじめとする一連の著作の発表によるものである。
本発表はとくに、ド・ピールの絵画論において頻用されている「技巧」(l’artifice)の概念に焦点化する。ド・ピールは「技巧」を画家の傑出した技量を評価するための術語として使用する一方で、「詐術」や「ごまかし」に対応する語句としても用いている。本発表では、ド・ピールにおける「技巧」の二重性を追跡することを第一の目的とする。
また、本発表が検討するのはド・ピールの絵画論における「真実」(le vrai)の概念である。ド・ピールは「真実」を「単純な真実」(le vrai simple)、「理想の真実」(le vrai idéal)、「混合された真実」(le vrai composé)の三つに区分している。ド・ピール以前の絵画論において、「技巧」の概念は「真実」と相反する巧妙な「詐術」として退けられることが多かった。本発表がめざすのは、ド・ピールの絵画論において「真実」と「技巧」が結びつくときの諸相を捉えることにより、眼前に措定される「真実」の捕捉を模範とした古典主義時代の詩学的な絵画論から、観者への「効果」を重視する修辞学的な絵画論への移行を剔抉することにある。このような観点は18世紀のディドロによるサロン評、そして19世紀のボードレール、ゾラなどによる「美術批評」へと継承されてゆくだろう

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年3月3日 発行