翻訳

ジェニファー・ラトナー゠ローゼンハーゲン(著)、入江哲朗(訳)

アメリカを作った思想 五〇〇年の歴史

筑摩書房
2021年7月
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本書はアメリカ思想史(American intellectual history)の入門書であり、「アメリカ」がヨーロッパの地図に初登場した1507年から9.11テロ事件が起こった2001年までの約500年間をカヴァーする通史である。コンパクトでありながらも、旧来の思想史研究から十分な光を注がれてこなかった人びと──アメリカ先住民、奴隷化された黒人たち、女性たちなど──を積極的に取り上げている点が、本書の重要な特徴である。米国にも日本にも類書はほとんどなく、画期的な本であると言えよう。

日本では「アメリカ」+「哲学・思想」=「プラグマティズム」という等式がいまだ根強いが、にもかかわらず(あるいはそれゆえに)、プラグマティズムの前後に何が存在したのかという歴史的な問いに答えられる人はさほど多くないように見受けられる。この問いは、アメリカ哲学史とアメリカ思想史、いずれの観点に立つかによって答えが変わってくる。

アメリカ哲学史の観点のもとで導かれうるひとつの答えは、「プラグマティストたちの登場前にはヘーゲリアンたちがいて、登場後に新実在論者たちが舞台に加わった」である。観念論→プラグマティズム→新実在論という歴史的系列に関心のある方には、筆者が共訳したブルース・ククリック『アメリカ哲学史──一七二〇年から二〇〇〇年まで』(大厩諒ほか訳、勁草書房、2020年)をお薦めする。

対して、アメリカ哲学史をも視野に収めているという意味でいっそう包括的なアメリカ思想史の観点のもとでは、「プラグマティズムのまえにはダーウィニズムがあり、あとには革新主義がある」という答えが提出される。そしてダーウィニズム→プラグマティズム→革新主義という歴史的系列の概観に、本書『アメリカを作った思想』の第4–5章が大いに役立つ。とりわけ、プラグマティズムから革新主義へという流れを解説した本書182–194頁の、哲学者たちの学説と改革者たちの社会的実践とを連続的に論じる記述から、アメリカ思想史というディシプリンの強みを感じとることができるだろう。

アメリカ哲学に興味を抱く方たちとアメリカ史に興味を抱く方たちとの交流が本書によって促進されるとすれば、それは(本書の訳者であり、一介のアメリカ思想史研究者でもある)筆者にとってこのうえない喜びである。

(入江哲朗)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年3月3日 発行