翻訳

モーリス・ブランショ(著) 郷原佳以門間広明・石川学・伊藤亮太・髙山花子(訳)

文学時評1941-1944

水声社
2021年9月
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本書はブランショが1941年から1944年まで『ジュルナル・デ・デバ』紙で、少数の例外を除き「知的生活時評」と題された欄に連載していた文芸時評から、評論集『踏みはずし』(1943)に再録されなかった記事を集めたものである。連載記事は計173本と膨大であり、そのうち『踏みはずし』に再録されたのは55本なので、3分の2以上が長らく単行本未収録のままだった。ブランショの死後、ブランショ研究を牽引してきたクリストフ・ビダンが編集の労を執り、2007年に単行本としてまとめたのが本書の原書である。

のちの主著『文学空間』(1955)に極まる、少数の作家の読解を通じて遂行される厳粛な文学的探求にくらべれば、本書に収められた記事はその雑多さを特徴とする。小説、詩、戯曲といった狭義の文学的著作のみならず、歴史学、神話学、神学、哲学、政治思想、文明論、言語学、雄弁術など、取り上げられる著作のジャンルはきわめて多様である。同連載から生まれたブランショ初の評論集『踏みはずし』がすでにこの多様性を切り詰め、おおよそ「文学」に特化した編集がなされていたことを思えば、「ブランショ以前のブランショ」の関心の広さを知ることのできる本書の意義は大きい。

とはいえ本書は、批評家ブランショの生成過程という観点からのみならず、連載タイトル通り、同時代の「知的生活」のドキュメントとしても興味深い。記事数からもわかるようにほぼ毎週のように、かなり速いペースで執筆されたものだが、新刊書を次々に捌いていくこのフットワークの軽さこそが、扱われる著作の多様さと相まって、当時のフランスの知的状況を独特の仕方で浮かび上がらせている。多様性ということでは、それまでブランショが身を置いていた極右論壇の人脈につながる書き手たちと、逆に右派には毛嫌いされていた書き手たちが奇妙にも混在し、ともども高く評価されていることも付言しておきたい。

(門間広明)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年3月3日 発行