研究ノート

COVID-19感染拡大下で変容する映画祭の形態について

小城大知


〇はじめに

本研究ノートは、COVID-19感染拡大の中で映画祭の形態がどのように変化していったかを、2020年以降の映画祭参加経験を踏まえながら簡潔にまとめることで、映画祭の在り方の意義を再考察することを目的とする。日本でも、2020年から猛威を振るったCOVID-19の感染拡大やそれに伴う緊急事態宣言の発出等により、映画館や公共上映施設の一時的な閉鎖による映画産業への大打撃にとどまらず、映画祭も中止や開催時期の延期、規模縮小、形態変更など変化を強いられてきた。その中で映画、映画作家の発見(あるいは再発見)、映画というメディアを通した人々の交流を目的とするために開催されてきた映画の最先端の場である映画祭はどのように対応してきたのかを概観する。


〇映画祭の形態について

まずは、COVID-19感染拡大によって、一般的な映画祭の形態である「映画祭が現地で開催され、観客や関係者が現地に赴き映画を鑑賞し、関係者と交流する」という形態が自明のものではなくなり、映画祭の形態があまりに多様化してしまったことを挙げておかなければならない。ここで便宜上主に4種類に分けたい。*1

*1 一般観客として映画祭に参加する場合であり、映画関係者用認証等はここでは考慮しないものとする。


①中止、運営終了に追い込まれた映画祭

その名の通り、開催の中止や運営終了によって催行されなかった或いは今後の映画祭開催を取りやめること決定した映画祭のことである。とりわけ2020年中頃に主にみられた事象であり、海外映画祭であればカンヌ国際映画祭(2020年5月)が開催を断念し公式セレクション作品のみを発表したことがあげられる*2。また2020年8月実施予定であったロカルノ国際映画祭が中止になっている。その中で2020年3月に中止になったSXSW(サウスバイサウスウェスト)2020は上映予定であった作品を、Amazon Prime Videoと協力し、アメリカ限定で配信上映を行ったのは特異な事例と言えるだろう。

国内でいえば、高崎映画祭やにいがた国際映画祭などが開催を断念していることを挙げることができる。運営終了としては、福岡国際映画祭が2020年9月の開催を最後に、運営委員会を解散することを発表したこと*3を挙げることができる。COVID-19の感染拡大が映画祭の運営を立ち行かないものにしてしまった一つの事例だと言える。

*2 ただし、例年同時開催される映画市場(Marche du film)はオンライン形式で開催された。
*3 2021年3月に実行委員会が解散された。


②オンラインのみで開催された映画祭*4

対面開催を断念し、作品上映やシンポジウム、ティーチインなど映画祭におけるすべてのプログラムをオンラインのみで開催した映画祭のことである。国際映画祭で言えば、2020年4月のアヌシー国際アニメーション映画祭、2020年5月に開催された世界最大級の短編映画祭の一つであるオーバーハウゼン国際短編映画祭の完全オンライン開催や、国内の主要映画祭においては2021年10月の開催予定の山形国際ドキュメンタリー映画祭の完全オンライン開催決定*5を挙げることができる。

また各国国際映画祭がオンライン上映に協力した事例として2020年5月末から6月上旬にかけてYouTubeというプラットフォームを用いて開催されたWe Are One:A Global Film Festivalの存在を挙げなければならないだろう。トライベッカ国際映画祭を運営するトライベッカ・エンタープライズが企画主催し、ベネチア、カンヌ、ベルリンといった世界三大映画祭を含む20の映画祭がオルガナイズした上映プログラムを無料上映する映画祭として開催され、日本からも東京国際映画祭を通じて深田晃司の短編作品『ヤルタ会談オンライン』(2020)が上映された。We Are One:A Global Film Festivalはチャリティ目的として行われており、開催されたオンライン映画祭の中でも特殊な部類であると言えるだろう。

映画の配信プラットフォームも様々でYouTubeやVimeoといった既存のプラットフォーム、あるいはZoomといったオンライン会議システム、独自のプラットフォームを使用しているところもある。

*4 オンライン上映の現状については、阪本裕文「分有されるスクリーン──コロナ禍における映画・映像の現在」『artscape』2021年6月15日号 https://artscape.jp/focus/10169293_1635.html (最終閲覧:2021年8月31日)に詳しい。今回本論考作成に際し、海外映画祭のオンライン開催状況に関する部分を参照した。
*5 2021年8月2日、山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局は、2021年10月7日から14日にかけて開催される予定の映画祭の開催方式を「オンライン開催」にすることを発表した。https://www.yidff.jp/2021/info/21online.html (最終閲覧:2021年8月31日)


③対面とオンラインを併用して開催された映画祭

COVID-19感染拡大以降の映画祭の運営形態としてとりわけよく見られる形態であり、対面上映(Onsite Screenings)とオンライン上映(Online Screenings)を併用して開催されるハイブリッド式である。活用方法はさまざまであり、例えば例年は2月開催のベルリン国際映画祭が、2021年度においては2月に審査及び関係者向け上映をオンラインのみで開催し、同年6月に一般観客を入場可能にして対面上映を開催した。同様に2021年2月開催のロッテルダム国際映画祭は、2021年2月にオンライン上映でコンペ作品の審査を行い、同年6月には50周年記念の全く別作品を上映するプログラムをオンライン上映と対面上映を活用して実施した。ロカルノ国際映画祭も2021年は対面上映とオンライン上映を併用して実施した。

より興味深い事例として2020年9月に開催されたトロント国際映画祭の事例があげられる。トロント国際映画祭は、作品上映の方式としてオンライン上映を主な上映方式として使用する傍ら、感染拡大対策として再び注目されるようになったドライブシアター(車内野外上映)を対面上映方式として活用した。とはいえ来場が困難な観客向けに一般上映に加えオンライン上映を活用して映画祭を行うことはCOVID-19感染拡大下の中で普遍になりつつある。

ただし、オンライン上映には様々な制約が存在していることも挙げておかなければならない。一つ目がジオ・ブロックというシステム、俗にいう地域制限のことである。一般観客向けのオンデマンド配信は、多くのプラットフォームでみられるように、視聴可能な領域を映画祭開催国内に限定していることが多い(前述したロッテルダム、山形も配信は国内限定である)。*6これはオンライン上映がもたらす国際映画祭の国内化という奇妙な現象である。二つ目としては、作品権利者によってはオンライン上映を認めないこと、あるいは権利関係者の意向により当初予定されていたオンライン上映がキャンセルされた事例により、オンライン上映作品が対面上映作品数より少ないということが多々起こることである。これはオンライン上映化が進んだとしても解決が困難な問題であるといえよう。

日本の映画祭の中でオンライン上映と対面上映を併用した事例として、東京フィルメックスやなら国際映画祭の存在を挙げることができる。東京フィルメックスは、開催日時を東京国際映画祭との同時開催*7という形で会期をずらして対面で開催を行ったのち、35ミリフィルムによる特別上映など一部の作品を除いて、開催終了後に限定的に配信上映を行った。なら国際映画祭の場合は、会期に合わせて同時にVimeoオンデマンドシステムを利用した配信上映を開催している。またオンライン上映を行わなかったものの、上映後のトークセッションをライブ配信している事例もあり、広島国際映画祭は上映後のトークをFacebookのライブ配信を用いて会期中に無料配信する試みを行っている。前述した東京フィルメックスは例年YouTubeに一部のトークや授賞式の様子を投稿しているが、2020年度はオンラインで実施したトークの動画をYouTubeにアップすることで代替している。

オンライン配信の方法は様々だが、Festival Scope(Pro)( ※Shift72を使用)*8という映画祭専用の配信プラットフォームが、安全面から多くの映画祭で使用されている。

*6 後述するが、映画関係者向け認証は対象外である。
*7 2021年度も同様の方法での開催が予定されている。
*8 Festival Scope は、2010年に現在のPro版と類似するような形で、映画関係者向けの専用プラットフォームとして始まり、2015年に一般の映画愛好者向けにむけてもサービスが開始された。主にヨーロッパの映画祭を中心に多くの映画祭にアクセスできるプラットフォームとして活用されている。Festival Scopeに関しては、以下の論考に詳細な説明がある(Taillibert, Christel ; Vinuela, Ana. « Festival Scope, a Festival-on-Demand Platform: Online Enhancing the Gatekeeping Power of Film Festivals », Society & Leisure, vol. 44, issue 1: Film festivals: Metamorphosis of a Research Object and Field. Routledge Taylor & Francis Group, 2021, pp. 104-118 )
その中で、Festival Scopeというサービスは、“Festivals-on-demand ”(映画祭のオンデマンド)という前例のない体験を与えていると指摘している(Taillibert, Vinuela, 2021)。


④対面上映のみで開催した映画祭

従来と同様に対面のみで開催した映画祭である。ただし、対面開催に際しても時期をずらした映画祭もあり、2021年7月開催のカンヌ国際映画祭が具体的な事例として上げられる。またベネチア国際映画祭は2020年8月の開催に際しては、規模を縮小して開催したものの、2021年8月はほぼ例年規模で開催するとしている。これら国際映画祭はCOVID-19ワクチン接種証明や陰性証明の提出を必須とし、定期的なPCR検査を実施することで対策を行っている。*9

日本の主な映画祭として、2020年10月の東京国際映画祭が対面上映で開催したものの、コンペティションの開催を見送るなど一部形式に変更が見られた。2021年になると、感染対策を徹底する形で対面開催した映画祭も見られ座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル(2021年2月)、地方映画祭の奮闘の事例として愛媛国際映画祭(2021年8月―12月)が対面開催のみで映画祭を実施していることも挙げなくてはならないだろう。

*9 例えばカンヌ国際映画祭における対策の実態は、以下の記事が詳しい。https://toyokeizai.net/articles/-/441894?page=2 (最終閲覧:2021年8月31日)

これら4つの分類は便宜上のものであり、同じ形式でありながら映画祭によって差異が様々に存在していることにも留意しておく必要がある。


〇映画関係者による映画祭参加の最新の状況について:カンヌ国際映画祭(2021年7月)までを振り返る

ここからは、実際の映画祭の参加経験に基づき、映画関係者の映画の向き合い方について記していきたい。筆者は、一人の映画関係者として2021年度は主に4つの国際映画祭に参加している(国内映画祭はEUフィルムデーズのみである)。その4つとは、ロッテルダム、カンヌ、ロカルノ、トロントである。COVID-19により渡航が極めて厳しい状態の中で、日本に在住する映画関係者の国際映画祭の認証制度(accrediation)はオンライン参加のためのデジタル認証となることがほとんどであり、一般参加者向けに対面上映方式でしか開催されない映画祭においても関係者に限ってジオ・ブロックを限定解除したオンライン上映にアクセスすることが可能な制度がとられている。前述したロッテルダム、ロカルノ、トロントでは、映画関係者認証上映及び映画関係者向け会議はオンラインプラットフォームを用いたものとなった。映画関係者用のオンラインプラットフォームの仕様は厳格なものとなっており、巻き戻し時間や再生回数、視聴時間などに制限がかけられている。*10とはいえ映画関係者が現在ほとんど渡航できない状態である現状において、オンラインは最新の映画に触れるために必要な形態であることは間違いないだろう。

*10 例えば、前述したFestival Scope Proは、一回限りの再生及び巻き戻しは5分までとなっている。

ここで極めて例外的となるケースとして2021年7月のカンヌ国際映画祭を取り上げて報告したい。2021年7月に開催されたカンヌ国際映画祭は対面上映方式を原則とし、併設される映画マーケットに関しては、映画関係者はオンラインと対面どちらでも参加可能にする制度で開催された。しかし、カンヌ国際映画祭映画市場(Marche du film)は、2021年6月23日に声明を発表し、開催期間中に合わせて、東京を含めた6都市で対面型の試写会(Cannes in the city screenings)を開催すると発表した。これは、カンヌ国際映画祭に合わせて世界最大規模の映画市場が開催されていること、とりわけ6都市から例年参加する関係者が大きく、市場機会を失うことを防止したいという市場側の商業的事情ではあるかもしれないが、パンデミックにより映画祭関係者がオンライン参加しかできない中で、渡航せずとも対面上映に参加できることは貴重なものであることは間違いない。

筆者もこの対面試写の参加可能対象者となり、東京ではユーロライブ及び映画美学校試写室で開催された試写会(2021年7月8日-16日)に参加する機会を得た。この上映では、カンヌ国際映画祭映画市場側から図のような認証が送付され、この認証を提示することで上映される作品を鑑賞することが可能になるといったものであった。

図 小城.jpg(図)

上映の対象となった作品はカンヌ国際映画祭公式出品作品のうち、日本で未だ劇場公開に際する配給が決定していない作品23本であり、作品はすべて英語字幕付きであったことを付け加えておきたい。また6都市における上映作品は異なるものであった。

オンライン上映が続く中で、カンヌ国際映画祭の対面上映は、上映後の鑑賞者どうしの対話も可能となり、最新の映画の情勢について議論を交わすことを目的とする映画祭の本義を少しではあるが取り戻した事も言えるだろう。

このようにカンヌ映画祭のように特別な事情によって対面上映が行われたものはあるが、現状国内の映画祭でない限り、国際映画祭への参加はオンラインを活用するという状況が続いている。オンライン化により渡航せずとも映画関係者は最新の映画に簡単にアクセスすることが可能になったのは確かではあるが、果たしてこれは映画祭であるのかという疑念は未だにつきまとう。


〇終わりに

COVID-19の感染拡大により、映画祭の定義が自明でなくなり映画祭の形態が多様になっていく中で、改めて「映画祭とは何か」という問いと向き合わなければならないだろう。それは、映画というものを運動という側面からとらえ直す思考を、映画祭にも適用することはできないだろうか。例えばジャック・ランシエールは、映画というものが生まれたのは、「物語」に対する大きな疑惑の途上の時代であり、思考の産物を直接的に形式の運動の中に書き込む新たな芸術であるという認識が存在していたと指摘することで、映画が運動の産物であることを再意識している。*11このような意識を上映におけるオンライン化への移行という図式の中で考えるならば、中路武士の指摘する通り「映画の画面それ自体が移動すること」*12として考える必要がある。

COVID-19感染拡大下では映画祭のオンライン化というものが、定住した空間であるという固定観念から動いて映画祭の新たな空間を作り出しているという積極的な面を考えることができるのかもしれない。だが同時にカンヌ国際映画祭のように自ら上映の原点である集団性、非特定性を最大限発揮することが可能な映画館での上映にこだわるという姿勢も、エジソンのキネトスコープではなくリュミエールのシネマトグラフを映画の最初とする映画の歴史を考えると決して欠落してはならない視点であることは間違いない。映画祭というものが持つ定義が、COVID-19下で崩壊し多様な変化をはらむ可能性を持つものとして出現するようになった以上、映画祭に関して映画研究や映画製作など実践にかかわる人間こそが、受動的な観客という視点にとどまらず、積極的に議論を行う必要があるのは間違いない。それは、「言葉やイメージ、物語やパフォーマンスが我々の生きる世界の何かを変えることができるのか」(ランシエール)*13という芸術における極めて重要な問題を考えることにつながると思われるからだ。

また、本研究ノートではほとんど触れることができなかったのだが、映画祭のセレクション作品の変化などにも今後着目しなければならないだろう。具体例を挙げるならばカンヌ国際映画祭やロカルノ国際映画祭では、2021年度はストリーミング配信が前提の作品が開幕作品となったこと*14が挙げられるだろう。COVID-19の感染拡大の中で、映画が劇場公開だけではなくストリーミング配信(オンライン上映)も同時に行うことに映画業界がかじ取りを図っている今、映画祭がセレクションする作品の傾向にも変化が訪れていても何も不思議ではない。その中でアート系映画を多く取り上げるロカルノ国際映画祭においても変化が訪れているという指摘も上がっている。*15今後形態だけではなく、作品の変化の観点からも映画祭の変化を論じる機会を設けたい。

*11 Jacques Rancière, « Les écrats du cinéma », La fabrique, 2011, p. 18
*12 中路武士「映画テクノロジーの新しい文字」『メディア哲学』(石田英敬、吉見俊哉、マイク・フェザーストーン編)、東京大学出版会、2015、54頁。
*13 ジャック・ランシエール『解放された観客』(梶田裕訳)、法政大学出版局、2013、30頁。
*14 カンヌ国際映画祭2021開幕作品である『Annette』(レオス・カラックス、2021年)はAmazonが制作し、2021年8月20日(現地時間)から北米ではAmazonPrimeVideoでの独占配信が始まっている作品である。ロカルノ国際映画祭2021開幕作品である『ベケット』(フェルディナンド・シト・フィロマリノ、2021年)はNetflix製作映画であることが言える。
*15 以下の記事に詳しい。https://eiga.com/news/20210829/6/ (最終閲覧2021年8月29日)

小城大知(東京大学)

図:筆者によるスクリーンショット撮影。

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年10月25日 発行