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発掘された映画たち チネマ・リトロバート映画祭日本初上陸

小川佐和子

2024年1月から2月にかけて国立映画アーカイブで「蘇ったフィルムたち チネマ・リトロバート映画祭」特集上映が開催されている。1986年にイタリアの古都ボローニャでスタートしたチネマ・リトロバート映画祭(Il Cinema Ritrovato、「再発見/復元された映画」という意味)は、各国のフィルムアーカイブとフィルム修復専門ラボにおける映画遺産の保存、促進、普及の仕事に焦点を合わせた世界初の映画祭である。本報告が公になる頃にはすでに東京での特集上映は終了しているだろうが(福岡と京都で巡回上映される)、40年近く続いてきた歴史のある映画祭の日本における本格的な紹介を記念して、この映画祭の意義について書き残しておこうと思う。

なお、以下の内容は、本映画祭のサイレント映画部門で長年キュレーターをつとめてこられたマリアン・レヴィンスキー氏への筆者によるインタビュー、チネテカ・ディ・ボローニャ財団(「チネテカ」cinetecaとは「フィルムアーカイブ」の意味)のディレクターであるジャン・ルカ・ファリネッリ氏の寄稿1、映画祭のコーディネーターであるギー・ボルレ氏から提供いただいた資料を主に参照していることをお断りしておく。

1 ジャン・ルカ・ファリネッリ「過去・現在・未来のチネテカ・ディボローニャ」『NFAJニューズレター』第23号、2024年1-3月号、3-4頁。

商業的な映画祭とは異なって、チネマ・リトロバート映画祭は世界中の映画の(再)発掘と修復をお披露目する場である。映画祭のプログラムは美術館での展示に匹敵するリサーチとキュレーターシップにもとづいて作られており、映画祭期間中はスクリーンへの復活を待ち望まれてきたフィルムが朝から晩まで上映される。さらにこの映画祭は、大きなスクリーンで一緒に映画を見たり、国際的なレトロスペクティブを企画したりすることで、映画を媒介にしたコミュニティを育成することにも関わっている。こうした映画遺産の研究と修復、そして後世への伝承と幅広い観客層への働きかけにより、チネマ・リトロバート映画祭は「シネフィルのためのパラダイス」としての地位を確立していった。

チネマ・リトロバート映画祭を支えているのは、映画史に新しいアプローチを取った新世代のアーキビストたちである。彼/彼女らは、長いあいだ要塞のように閉ざされていたフィルムアーカイブの門戸を開き、残された過去の映画を系統的に見るようになった。それによって、原始的な試みに始まり偉大な芸術家によるカノンの傑作へと発展していくというこれまでの映画史の物語から、映画はようやく解放されることになったのである。チネマ・リトロバート映画祭と同じく過去の映画を現在に伝えるための文化イベントであるポルデノーネ無声映画祭(Le Giornate del Cinema Muto、「無声映画の日々」という意味、1982-)も映画史に新たな光を当てていった。ポルデノーネ無声映画祭は、その開始時期からも分かるように1978年のブライトン会議における初期映画研究再考の流れを汲んでいた。その流れのゆく先にチネマ・リトロバート映画祭も位置づけられる。つまり映画史研究の新たな道のりが本格的に開始された時期と映画祭が誕生し拡大していった時期は重なっており、映画史研究とこの二つの映画祭は現在に至るまで相乗効果をあげながら歩んできたのである。

さらにチネマ・リトロバート映画祭は、映画の歴史研究だけではなく、現在のアクチュアルな問題にも積極的に参与している。たとえば2013年からコロンビア大学を拠点に実施されている「女性映画人のパイオニアプロジェクト」(Women Film Pioneers Project、略称WFPP、https://wfpp.columbia.edu)と映画祭との連携である。忘れられていた映画の復元と現在の新しい政治的・文化的視点を映画史研究のなかに位置づけるというプロジェクトが、映画祭という場で交差しているのだ。同様の企図は日本でも京都大学を拠点に「日本映画における女性パイオニア」プロジェクトとして始動し(https://wpjc.h.kyoto-u.ac.jp/)、国立映画アーカイブにおける「チネマ・リトロバート映画祭」特集の次の企画として「日本の女性映画人」特集が予定されていることも象徴的だ。

現地におけるチネマ・リトロバート映画祭の様子を少しだけご紹介しよう。上映プログラムは、世界各国のフィルムアーカイブとの緊密なコラボレーションを経て吟味されたものであり、128年におよぶ映画史を網羅している。7つの映画館で並行上映され(うち1つはサイレント映画専用)、わけても市内中心部のマッジョーレ広場での野外上映が人気で、毎夜数千人の観客を集める巨大イベントにまで成長した。チネテカ・ディ・ボローニャの中庭でも野外上映は行われ、歴史的な映写機のオリジナルカーボンアークライトでフィルムが映写される。この光は現代のキセノンランプよりもはるかに強力で、上映された映像はきらきらと輝き、その光と影の戯れは3次元の深みをも帯びてゆくものだ。こうして8日間にわたり、何百もの上映、一連の会議やレクチャー、ブックフェアなどが行われる。観客層はボローニャの地元の住民はもちろんのこと、アーキビスト、修復家、歴史家、批評家、研究者、学生、監督、アーティスト、そして純粋に映画の楽しさを再発見したいと願う映画ファンたちが世界中から集まってくる。

piazza_maggiore_hitchcock.jpegマッジョーレ広場の巨大なスクリーンで行われる夜の野外上映(Courtesy Cineteca di Bologna)

わたしは修士の学生だった2007年からコロナ期間をのぞいて毎年チネマ・リトロバート映画祭に通っており、すっかり常連となってしまったが、なかでも欠かさず見ているのが「再発見と修復」と「百年前の映画」と題された特集である。「再発見と修復」セクションは、世界中の最新の修復作品のなかから最高のものを選ぶというプログラムであり、2023年も、少なくとも600以上の候補から約60タイトルが選ばれた。毎年世界各国のフィルムアーカイブは、「再発見と修復」セクションのために新しい修復のお披露目を映画祭側に提案する。一方で「百年前の映画」特集のためには、キュレーターたちは一年かけてアーカイブ調査を行い、映画を鑑賞・調査し、念入りにプログラムを構成していく。わたしも一度その調査に同行させていただいたが、それはヨーロッパ中のアーカイブへの旅を続け、山積みにされたフィルム缶をひたすら見ていくという修行であった。上映作品を構成する際には、約百年前の映画プログラムのオーセンティシティも意識される。当時の映画館では、単一ジャンルの映画のみが単発で上映されていたわけではなく、さまざまな地域の映画、コメディ・ニュース映画・劇映画といった複数のジャンル、かつ短編・中編・長編が入り混じるプログラム構成となっていた。

たとえば2023年には、フランスの連続映画『秘密の家』La maison du mystère(1923年、アレクサンドル・ヴォルコフ監督)が毎朝上映された。また、モスクワのゴスフィルモフォンドで新たに発見され、復元されたディアナ・カレンヌらロシア人スターによるイタリアのディーヴァ映画(「ディーヴァ」Divaは「スター」という意味)が上映され、それらと同時期のフランスのコメディが組み合わされた。一世紀前にはディーヴァの過剰なメロドラマ的身体表現に、喜劇スターのコミカルでアクロバティックな身体的演技が同伴していたことを示唆しようとする魅力的なプログラムが実現されていたのである。今回の日本での特集プログラムも、官能的で彫塑的な身体を変幻自在に操るリダ・ボレッリ主演の悲劇『サタン狂想曲』(1917年)と、男装も含めたさまざまな犯罪者に変装するヴァレリア・クレティ主演の冒険活劇『フィリバス』(1915年)で幕を開けた。

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『サタン狂想曲』Rapsodia Satanica(1917年、ニーノ・オシーリア監督)に主演したリダ・ボレッリ(Courtesy Cineteca di Bologna)

以上のようなチネテカ・ディ・ボローニャの方針はコロナ禍に直面しても維持された。コロナ禍の最初の年である2020年には、チネマ・リトロバート映画祭はライブで行われたが、ディスタンスルールを守るためにサイレント映画の上映は歴史的オペラハウスであるボローニャ歌劇場で行われることになった。結果的にこの会場は、サイレント映画と19世紀の舞台芸術との連続性、そしてサイレント映画伴奏の深い音楽的エッセンスを、比類ない形で観客に体験させることができた。

オンライン上映に関してもチネマ・リトロバート映画祭ではさまざまな試みが行われた。2020年2月にイタリアで始まったパンデミック以前、チネテカはストリーミングで映画を提供していなかった。コロナへの対応策として映画祭は、従来のプログラムの一部をマイムービーズ(MyMovies)というプラットフォームに移行させるために、ビデオファイル管理、オンライン権利、プロモーション、字幕制作の新しいサイクルを短期間で学んで確立した。緊急の目標は、観客との関係を大切に守ることにあった。そのために2021年になってもいまだイタリアに容易に足を運べない観客に対して、ストリーミング・プログラムが提供された。2022年以降は観客が現地の映画館に足を運ぶことに重点を置いているが、映画祭は可能な限り年間を通して映画の配信を拡大しようとしている。

一方でチネマ・リトロバート映画祭は、当時の映写機による映写、ヴィンテージプリント、そしてオリジナルの手順による修復の経験を重視し、観客に見ることの訓練と真正性の知識を提供することをプレゼンテーションの倫理の軸としている。映画祭は、フィルム修復の新しい倫理を検証・追求しながら、より「本物」のプレゼンテーションのあり方について研究、開発や実験を重ねていった。とりわけサイレント映画のプログラムでは、デジタル複製を上映することはほとんどなく、「モノ」としてのフィルムである35mmプリントの映写に力を入れている。

コロナ禍以降のオンラインによる上映作品の配信と、真正の体験を提供するというプレゼンテーションの倫理は、一見矛盾するようでもある。だが、映画という文化遺産を後世に伝えるためには、コロナを機に浮き彫りとなった多様化する価値観に対応しなければならないという新たな局面にわたしたちは対峙しているように思う。

ところでこのような映画祭の変容は、コロナ禍以降の表象文化論学会のありようとも似たところがあるように思われる。これまでの学会の開催形態を簡単に振り返ると、まず2020年度、夏の大会は「オンライン研究フォーラム2020」、秋の研究発表集会は「第2回オンライン研究フォーラム2020」としていずれもフルオンラインで実施した。2021年度、夏の大会はオンライン開催、秋の研究発表集会はシンポジウムのみハイブリッド形式で開催し、それ以外の発表はオンライン開催となった。2022年度、夏の大会はシンポジウムのみハイブリッド形式でそれ以外の発表は対面開催、秋の研究発表集会はシンポジウムのみハイブリッド形式でそれ以外の発表は対面・オンラインの併用と、さまざまな試行錯誤を繰り返してきた。詳細は『REPRE』の巻頭言(no.40, 2020、no.46, 2022、no.47, 2023)に報告されている。

そして2023年度、表象文化論学会では夏の大会は対面で、秋の研究発表集会はオンライン研究フォーラムとしてフルオンラインで開催してゆくことが決定した。それによって、これまで大会についてはパネル形式、研究発表集会については個人研究発表の応募を募り、さらに大会および研究発表集会でワークショップという応募枠も創設されたが、今後は、大会およびオンライン研究フォーラムの両方で、パネル・個人研究発表・ワークショップが応募できるようになった。学会に入会して日も浅いわたし自身、はからずも上記のすべての開催形態に企画委員として関わることになった感触としては、五感を使って生身の人たちと議論を交わし、本を通じて知っていた人とお話ししたり、研究上の接点はあるが交流のなかった人たちをつなげたり、そのまま美味しいものを一緒に分かち合ったりという心と体に刻まれる対面の場は、まさしく現地のボローニャで映画祭に参加する体験そのものだった。一方でオンライン形態では、とくに院生たちから対面よりもオンラインの方が非会員も含めたくさんの聴衆に発表を聞いてもらえるという声が多く寄せられ、オンライン導入後は若手会員の発表が増加傾向となった。オンラインの場を確保することは、ほかにも地方や海外からの参加者や、育児や介護などさまざまな事情をかかえる会員のニーズに応えることもできる。フィルムアーカイブがアナログとデジタルを両立させることで映画作品を未来に伝えていこうとしているように、研究発表も対面とオンライン双方の利点を活かし、そこで学びを共有する喜びの痕跡を学会に刻んでいってほしいと願う。

最後に改めて、映画祭のディレクターたちの言葉でこの報告を閉じたい。

チネマ・リトロバート映画祭は、第七の芸術の中心に一週間どっぷり浸かることのできる幸運な一部の人のための特権であってはならない。チネマ・リトロバート映画祭は、すべての市民に関わる忘却との戦いなのだ。〔中略〕私たちの夢のひとつは、このようなプログラムが世界でも盛んになることだ。〔中略〕毎年、失われたと思われていた映画が世界中で発見されている。何十年もの間、忘れ去られていた作品が再びスクリーンに戻ってくることは、新たな人生の始まりである。修復に携わる人々は、この 「ニュー・プレミア」に招待されるのだ。

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年2月11日 発行