単著

入江哲朗

火星の旅人 パーシヴァル・ローエルと世紀転換期アメリカ思想史

青土社
2020年1月

本書は、入江哲朗による初の単著である。H・G・ウェルズ『宇宙戦争』(1898年)の着想源になったと言われる「火星運河説」を著書『火星』(1895年)のなかで主張し、天文学者として一躍有名になったパーシヴァル・ローエル(1855-1916)の生涯を、世紀転換期のアメリカ思想史と重ね合わせながら緻密に、そして徹底的に活写した労作であるこの本は、一級の読み物としてすぐれた読書体験を与えてくれる書物にもなっている。パーシヴァル・ローエルについてこれほど詳しく論じ尽くした文献は、日本国内のみならず、世界的にも類を見ない。

著者の入江は、本書と同時期に出版されたブルース・ククリック『アメリカ哲学史』の翻訳・解説の執筆にも携わるなど、アメリカ思想史・哲学史に造詣が深い。その知見は、ボストンの名家に生まれハーヴァードで青春を過ごしたローエルの知的生活を精細に描き出すのに一役買っている。昨年にはシェリル・ミサック『プラグマティズムの歩き方』も出版され、大きな盛り上がりをみせるアメリカ思想史・哲学史の門を叩こうと考える読者にも、本書は有益な視座を与えてくれるだろう。

さきほども述べたように、この『火星の旅人』は、マサチューセッツ州ボストンの名家ローエル家に生まれ、アリゾナ準州フラグスタッフに天文台を建設して火星を観測したパーシヴァル・ローエルの生涯を綴った評伝である。だがそれと同時に、一九世紀の後半から二〇世紀の初頭にいたるまでのアメリカ思想史の研究書でもある。この二つの糸を撚り合わせ、本書に一貫した読み物としての緊張をもたらしているのが、火星に運河があると主張したローエルが「何を「認識」していたのか」(32)という問いである。

火星の地表にローエルらが主張したような運河が存在しないことはいまや周知の事実であるし、ローエルが『火星』を著したときにはすでに、火星の地表に見える「運河」が観測者の錯覚に過ぎない可能性が十分な説得力をもって提示されていた。つまり、端的にローエルは間違っていた。だが、問題とすべきは、ローエルがなぜ間違いつづけなければならなかったのか、ということである。本書のなかでは、ローエルの建てた天文台が天文学史のなかで果たした大きな貢献と、彼の著作が不朽のSF作品を生み出す想像力の源となっていった経緯が綿密な調査をもとに語られている。にもかかわらず、ではなく、それゆえに、ローエルは「消滅する媒介者」(370)となってしまった。入江はジェイムソンの表現を借りながら、このような診断を下している。

この一見逆説的なテーゼはいかにして導かれるのか。入江は読者を、世紀転換期のアメリカにおける「見えるものと見えないもの」という主題系のなかに招き入れることでそれを達成している。学長チャールズ・ウィリアム・エリオット(1834-1926)によるハーヴァードの教育改革について論じた箇所では、物事の本質に触れる精神を陶冶する「ジェネラリスト」を育てるための教育課程が、専門知によって自らの経験を超えた世界を記述する「スペシャリスト」を育てるための教育課程へと変貌していく様子が語られているし、天文学の発展について論じた箇所では、新たな発見にいたるまでの手法としてのドローイングの権威が失墜し、もっぱら複雑な計算や物理学的な考察が重視される時代へと学問のパラダイムが変化する様子が描き出されている。

こうした時代の趨勢のなかで、「見えるものと見えないもの」をめぐるローエルの立場は非常に曖昧な動揺を繰り返す。ジャパノロジストでもあったローエルが日本に滞在した経験をもとに執筆したエッセイ『能登』(1891)を分析しながら、ローエルは「見たかったもの」と「見えたもの」のギャップを解消するために「見えなかったもの」へと読者の想像をかきたてるドラマトゥルギーを採用せざるをえなかった、と入江は結論付ける。『能登』には次のような一節がある。「精神というものは不思議なまでに眼と似ているようだ」。ともすると、この挫折から立ち直るために、ローエルは天文学という科学の世界へと足を踏み入れたのかもしれない。

しかし、肉眼では見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだローエルが直面したのは、「見えたもの」と「見えなかったもの」のあいだに横たわる大きな隔たりであった。彼はこのギャップを、光学的な刺激が眼を介して魂のうちに描き出したものをドローイングによって再現することで、そしてそこに地球外生命の可能性という「より強力な理念」(119)を持ち込むことで乗り越えようとした。だが、このときの科学に求められていたのはもはや、感覚と魂を同一視する唯物論的な魂の観念ではなく、緻密な計算によって自らの感覚の誤りを正していくための専門知であった。ロマンティシズムからプロフェッショナリズムへ。入江が描き出す時代の趨勢のなかで、ローエルは曖昧な立場を保ったまま引き裂かれていくことになる。

ボストンから始まったローエルの旅は、このようにして結末へ向かっていく。本書には読者を楽しませるための様々な仕掛けがあり、それをここで明かしてしまうのは忍びないので、このさきは直接あなたの眼で確かめられることをお勧めする。

(田村正資)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年6月23日 発行