日時:12:30 - 14:30
場所:大岡山西講義棟2(西6号館)W641

  • トランスセクシュアルの身体と「ホームのポリティクス」/山田秀頌(東京大学)
  • 探偵小説生成論序説──パースの記号学から出発して/中村大介(豊橋技術科学大学)
  • 衣服としての言語──戸坂潤の風俗論におけるトマス・カーライル『衣服哲学』の影響/五十棲亘(神戸大学)

司会:榑沼範久(横浜国立大学)

トランスセクシュアルの身体と「ホームのポリティクス」
山田秀頌(東京大学)

「ホームのポリティクス」とは、ジェイ・プロッサーがジェンダー二元論の脱構築というクィアなトランスジェンダーの政治に対抗して提出した、トランスセクシュアルの政治である。プロッサーにおいて「ホーム」は、医療によって作り替えられた身体であり、ホームのポリティクスはトランスセクシュアルのアイデンティティの制度的承認を求める。アレン・アイズゥーラはこの「ホーム」をナショナルなホームとしても解釈することで、トランスセクシュアルがその制度的承認において規範的な性的身体のみならずナショナルな価値の体現をも要請されていることを論じた。本報告では、アイズゥーラの議論をジャスビル・プアが「トランス(ホモ)ナショナリズム」として位置づけていることを念頭に、この「ホームのポリティクス」の理論的な分析枠組みとしての可能性について検討する。特に、規範的な性的身体とナショナルな価値の両方を体現することが、ネーションを構成する良き市民としての生産的な身体の獲得をも意味しているという点に注目し、ネオリベラルな生政治/死政治における特定のトランスの身体の要請と排除が、「ホームのポリティクス」という概念によっていかに把握されうるかについて考察する。さらに、以上を踏まえて、この枠組みが日本の性同一性障害をめぐる医療・法制度の分析にいかなる含意を与えうるかを検討する。


探偵小説生成論序説──パースの記号学から出発して
中村大介(豊橋技術科学大学)

〈パースと探偵小説〉というテーマでは、科学的方法論と探偵の推理を彼の推論の考えによって比較する、という研究がなされてきた。本発表は、推論を含む形でパースが練り上げた記号学を、探偵小説の生成を考察しうる図式へと拡張することを試みる。但しこの拡張は、科学的方法論との比較のためではなく、この小説ジャンルの文学性に迫るためになされる。

発表では「探偵小説における記号」を定義する。その上で、パースの考える記号の第一次性(記号それ自体の在り方)の三区分 ― 可能態としての記号、トークンとしての記号、タイプとしての記号 ― を、それぞれ伏線/ミスディレクション、事件の描写、事件・小説のジャンル(密室もの等)へと拡張する。さらに第二次性(記号と対象の関係)の区分 ― イコン、インデックス、シンボル ― を、類似性、物の連鎖、人の思想・行動の絡み合いへ、そして第三次性(記号と解釈内容の関係)の区分 ― 名辞、命題、論証 ― を手がかり、謎、推理へと拡張する。つまり、第一次性は〈記述〉の側面、第二次性は記述の対象たる〈事件〉の側面、第三次性は〈読解〉の側面に各々当たる。

最後に、この図式による読解事例として、初期から現代まで受け継がれる〈見えない人〉という探偵小説の基本モチーフ(例えば、運送に関わるが故に重要とは思えない人物が犯人)がどう生まれたかを、ごく簡単に示唆する予定である。


衣服としての言語──戸坂潤の風俗論におけるトマス・カーライル『衣服哲学』の影響
五十棲亘(神戸大学)

戸坂潤が1936年に著した『思想と風俗』は、抑圧された歴史が滞留する時/空間として「風俗」(及びそれが遂行される日常生活)の哲学を志向した点で、『技術の哲学』(1933)や『日本イデオロギー論』(1935)といった彼の仕事全体との有機的な連関をなす。その透徹した議論は、「モダンライフ」という物質的かつ加速度的な経験を頽落として退けたマルティン・ハイデガーや、同時代の復古主義的な日本思想に対する厳しい批判として向けられたものであった。その一方で、ヴァルター・ベンヤミンやアントニオ・グラムシらとは、史的唯物論の再構築をめぐって風俗への関心を共有しながらも、彼は日本の「近代という経験」を通してその物質性と言語をめぐる問題へと沈潜していく。

本発表では、以上の前提の下、戸坂が風俗論にて言及した「衣服」への関心とトマス・カーライルによる『衣服哲学』(1833)との関係性に着目したい。まず、戸坂の衣服に関する議論の射程を「習慣と道徳」や「日常性」、「歴史の秘密」といった鍵概念とともに捉え、次いでそれらと『衣服哲学』における思想/音声/言語を精神/肉体/衣服の構造に準える喩法、つまり衣服=言語をその物質性と象徴性のあわいで捉えるカーライルのメタファーとの連関を探る。戸坂は「衣服」にいかなる問題系を見出したのか。「衣服哲学の不在」を問題とした彼らのテクストを対比的に検討し、その一端を明示することが本発表の目的である。


【司会】榑沼範久(横浜国立大学)