日時:15:20-16:50
場所:武蔵大学江古田キャンパス8号館5階 8502教室

  • 韓国「単色画」の形成と李禹煥
    鍵谷怜(東京大学)
  • 土門拳における「典型」と「組写真」──戦前の報道写真と戦後のリアリズムの間にあるもの
    李範根(イボムグン)(東京大学)

【司会】林田新(京都造形芸術大学)

韓国「単色画」の形成と李禹煥
鍵谷怜(東京大学)

1970年代の韓国美術を代表する動向として、「単色画(Dansaekhwa)」が近年国際的に再注目を集めている。単色画とは白やグレー、黒などの無彩色に近い中間色を用いた、大きい画面に描かれるモノクローム絵画であり、画家のパク・ソボが中心となった展覧会である「エコール・ド・ソウル」と、批評家のイ・イルによる日本への戦略的展開の二つを軸として広がっていった。中心的な作家の多くは今でも同傾向の作品制作を続けており、現在まで大きな影響を与え続けている。

本発表では、単色画が韓国において、自国の独自性の表出として、美術モダニズムの成立と同一視されてきたことに着目し、1970年代韓国における美術のモダニズムを捉え直すことを試みる。「単色画」という名称が、近年になって固有名詞として(単なる「韓国モノクローム絵画」ではなく)定義されたことは、単色画と韓国のナショナル・アイデンティティとの結びつきを示している。しかし、実際の形成過程においては、戦後の韓国アンフォルメルと呼ばれる抽象絵画の系譜に、もの派の中心人物として知られる李禹煥の美術理論、さらには韓国の伝統的な美学が混ざりあっているため、従来の「単色画=モダニズム」という図式では単色画の特質は十分に捉えることはできない。そこで、特に李禹煥が単色画の形成において果たした役割を明らかにし、それが「韓国に特異的な単色画」という言説を生み出すうえで与えた影響を考察する。


土門拳における「典型」と「組写真」──戦前の報道写真と戦後のリアリズムの間にあるもの
李範根(イボムグン)(東京大学)

土門拳(1909-90)は1950年代に写真のリアリズムを標榜し、アマチュア写真家たちに向けて、カメラによる現実の客観的再現を尊重しつつも、撮影者の主観をその客観性の根底に定着させることを呼びかけていた。そのリアリズムを支える2つの方法論として打ち立てられたのが、「モチーフとカメラの直結」と「絶対非演出の絶対スナップ」である。

ところが、両方法論は現実の客観的再現をより意識させる節があり、特に後者の「絶対非演出の絶対スナップ」は、非演出のスナップを駆使すれば、それが直ちにリアリズムであるかのように捉えられる状況を生む原因となる。そこにおいては、撮影者の主観は問題とされがたく、また非演出という条件は、リアリズムを形式化する呪縛ともなった。土門がそのような状況を乗り越えるために、リアリズムの新たな課題として掲げるようになったのが「典型」と「テーマ性」である。

「典型」と「テーマ性」という課題への取り組みを取り上げ、その内実や意義を評価することが本発表の目的である。その際に手がかりとするのは、彼における「組写真」と「典型」の捉え方である。「組写真」とは撮影者の目的意識に立脚したテーマを設定し、それにあわせて複数の写真を体系化する技法であり、一方の「典型」とは、対象の持つ本質的な内容や意義を追求するための概念である。いずれも、戦前、報道写真を追求する過程で獲得された写真の方法論であるが、これらが、戦後リアリズムの課題として掲げられた「典型」と「テーマ性」への取り組みの過程で再び召喚されるのである。

発表ではその経緯を踏まえ、戦後のリアリズムが、戦前の報道写真と共鳴していることを指摘しながらも、それが単なる方法論的回帰ではなく、異なる側面を獲得していたことを浮き彫りにしたい。