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第12回大会|パネル4: 民話・伝説・言い伝え・都市伝説が表象する「場所」のありようについて

日時:2017年7月1日(土)16:00-17:30
場所:前橋市中央公民館5階504学習室

パネル概要

・炭坑記録画家・山本作兵衛が描いた『ヤマと狐』が表象するもの/鳥飼かおる(九州大学)
・「裏日本」の美学と地域の表象/アレクサンダー・ギンナン(鳥取大学)
【コメンテーター】向後恵里子(明星大学)
【司会】向後恵里子(明星大学)


 本パネルは、ある特定の地域に伝わる民話や伝説、言い伝え、都市伝説などが表象する「場所」のありようについて、考察することを目的とする。
 ここで言う「場所」とは、地理学者のエドワード・レルフが『場所の現象学 没場所性を超えて』(1975/1999)の中で論じた、「日々の営みのなかで、私たちが暮らし、知識を得、直接に経験する背景や状況」の一現象である「場所(Place)」のことである。
 日々の暮らしの教訓や戒め、面白い、怖い、楽しい、悲しい、時には、整合性が全く存在しない数多くの「物語」は、日本国内のみならず、世界中で時代を超え、口伝てに語り伝えられてきた。現今であれば、インターネット上の書き込みやブログ、SNSなどにおいて、日々「拡散」されてもいる。
 そうした多種多様な「物語」は、果たして語られた「場所」の何を表象するものなのか。そして聞き手/読み手に何を伝えようとしているのか。具体的な民話や伝説、言い伝え、都市伝説などを取り上げ、分析することを通して、それらが成立し、語られた/聞かれた時代や社会情勢を色濃く反映させた「場所」を読み解くための、新たな一助となることを目指す。


炭坑記録画家・山本作兵衛が描いた『ヤマと狐』が表象するもの

鳥飼かおる(九州大学)

 本発表では、福岡県北部に位置した筑豊炭田の元炭坑夫・山本作兵衛(1892〜1984)の炭鉱記録画、『ヤマと狐』(1964〜67年頃)が表象するものを考察する。
 絵は、明治33年に麻生(あそう)上三緒(かみみお)炭坑で発生したガス爆発で負傷した男が自宅で療養していた際に起こった「大珍事」を描いている。夜中に突然、男の家に医者2名を伴った大勢の見舞客が訪れた。家族の者が看病疲れで寝込んでいる間に、医者は包帯を取り、治療を始めた。夜が明けた時には見舞客は誰もおらず、男は全身の皮を剥かれ、息絶えていた。
 山本は、絵に添えられた詞書に、

こんな怪奇な事件が起きるとは一寸眉唾ものだが実際にあった事だから致方がない。狐は火傷のヒフ、疱瘡のトガサを好むと言う。

と締めくくっていた。この絵は、山本が描いた明治〜昭和初期までの「筑豊」という「場所」の何を表象しているのか。
 筑豊炭田にまつわる言説や諸研究は主に、炭鉱労働者が置かれた悲惨な状況、昭和20年代のエネルギー革命の影響で相次いだ労働争議や炭坑閉山時の「場所」の荒廃、そして主に第2次世界大戦当時の「朝鮮人強制連行」問題が強調されてきた。本発表では『ヤマと狐』を通して、繰り返すべきではない過去を含む、「筑豊炭田」の「場所」のありようを検証するため、「描かれたもの」そのものの分析、そして狐に「意味づけられてきたもの」を具体的に検証する。


「裏日本」の美学と地域の表象
アレクサンダー・ギンナン(鳥取大学)

 「裏日本」という言葉がある。それは、1960年代に放送禁止用語となり、現在はあまり耳にしない。裏日本は、19世紀末に本州の日本海側地域を指す地理学用語として登場したが、近代化が進むにつれて本州の太平洋側地域に比して日本海側の発展の遅れを示唆するようになったのである。
 1957年に東京の写真家濱谷浩(1915-1999)は、青森県から山口県にかけて日本海側の12府県の様子を写した写真集『裏日本』を発表した。厳しい自然環境のなかで昔ながらの生活と過酷な肉体労働を行っている人々に焦点を当て、日本海側地域の村落と太平洋側の近代都市との激しい落差を訴えかけたのである。一方、濱谷が裏日本を撮影してきた唯一の写真家ではない。日本海側に位置する鳥取県では、1920年代から様々な技法で地域の様相をカメラで切り取る写真家が活動している。塩谷定好(1899-1988)や植田正治(1913-2000)などの表現者は、自らの活動拠点となる裏日本を、濱谷とは別の形として捉えていたのである。
 本発表では、これまでの学術研究においては地域格差を生んだプロセスとして取り上げられてきた「裏日本」を美学と表象の観点から分析し、鳥取県で表現活動に取り組む写真家が主張する場所のありようについて考察したい。

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