アーレントとテクノロジーの問い 技術は私たちを幸福にするのか?

テクノロジーは私たちの生活を日々大きく変容させつつある。生成AIやゲノム編集といった技術は、私たちの生活や思考様式に影響を及ぼしている。今やテクノロジーなしに生きることなど考えられないほど私たちの一部となっている一方で、その発展に伴い深刻な問題も抱えつつある。テクノロジーはこれまで私たちに何をもたらしてきたのか、そしてこれから私たちはその困難にどのように向き合うべきなのか。
こうした問いに光を当てるのが、ハンナ・アーレントの科学技術論である。アーレントは、20世紀半ば既に人間の条件を変容させつつあったテクノロジーに向き合い、そこに潜む問題を捉え考察した思想家の一人である。彼女によれば、そのようなテクノロジーの問題は科学者や政治家ではなく、一般市民に向けられるべきものである。
本書は編者の木村史人、渡名喜庸哲、戸谷洋志、橋爪大輝をはじめ、14人の執筆者がアーレント思想を手がかりに、現代テクノロジーがもたらす課題に思索を試みた論集である。理論編では、アーレントの科学技術論を基盤に、ハイデガー、フィーンバーグ、三木清らの技術論との比較を交えながら現代テクノロジーについて考察される。応用編とコラムではAI、新型出生前診断と中絶、農業技術、原発、科学技術をめぐる市民参画といった現代的問題について、アーレント思想を参照しながら論じられる。シンポジウム編では「テクノロジーは私たちを幸福にするのか」という問いを出発点に、スマート社会を考察する。
理論と応用の両面から浮かび上がるのは、現代テクノロジーの問題に向きあい思考するにあたって、アーレントの科学技術論がいかに豊かな土壌をなしているかということである。アーレントとともに思考を重ねた複数の論考は、テクノロジー時代を見つめ直すための新たな視座を与えるだろう。
(宮永三亜)