単著

岡本佳子

神秘劇をオペラ座へ バルトークとバラージュの共同作品としての『青ひげ公の城』

松籟社
2019年7月

一組の男女の対話によって構成される「心理劇」としてのオペラ。しかし、その「対話」は噛み合わず、管弦楽は不気味に鳴り響く。バルトーク・ベーラ(1881~1945年)作のオペラ『青ひげ公の城』(1911年作曲、1918年初演)は初演から100年以上を経た現在でもなお、その謎めいた性格を保っている。

同名の博士論文を元にした本書は、バラージュ・ベーラ(1884~1949年)による原作戯曲およびバルトークによるオペラ版が初演された1910年代のハンガリー・ブダペシュトの時代状況に肉薄し、その歴史的な位置づけを行う。20世紀初頭の当地では、急進的で愛国主義的な知識人サークルが形成され、互いに切磋琢磨していた。

戯曲とオペラそれぞれの改訂過程の比較考察は、多様な解釈を許す結末部分の理解に実証的な光を投げかける。また「音楽と国民性」という観点からは、本作における「ハンガリー性」の様態を説き明かす音楽および韻律の分析が興味ぶかい。多面的な性格を持つ「オペラ」というジャンルのバランスのとれた事例研究ともなっている。

丁寧な成立過程の検証からは、若い芸術家たちの親交と背反が浮かび上がってくる。結局のところ作家と音楽家は相容れない存在で、たまさかある一時期、遭遇したに過ぎないのだろうか? 本書の読者は、多少のほろ苦い読後感とともに─それを「青春の蹉跌」と呼ぶのはあまりに平凡に過ぎるかもしれないが─、20世紀初頭の芸術運動に改めて思いを馳せることになるだろう。

岡野宏)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年2月29日 発行