翻訳

石橋正孝(訳・解説)
ジュール・ヴェルヌ(著)

ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 2 地球から月へ 月を回って 上も下もなく

インスクリプト
2017年1月
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『八十日間世界一周』、『海底二万里』、『地球の中心への旅(地底旅行)』、『二年間の休暇(十五少年漂流記)』……19世紀フランスの作家ジュール・ヴェルヌ(1828-1905)は、生涯に60作以上の長編小説を書いた多作家であるが、日本でも繰り返し翻訳され、「定番」となっている有名作はそのごく一部にすぎない。しかも、それらが元々は〈驚異の旅〉というシリーズの構成作品であったことを知っている者は、一般読者の中にはたしてどれくらいいるのだろうか。

複数の出版社から刊行されていた〈人間喜劇〉が、作者であるバルザックの構成案に基づいて初めて出版された際、中心的な役割を果たした編集者エッツェルは、およそ10年後、自身が見出した新人作家ヴェルヌの既刊作品を挿絵入りシリーズ〈驚異の旅〉として刊行するとともに、ヴェルヌが今後執筆する作品もことごとくこのシリーズに収録されることを予告したのであった。こうして出版社主導で始まった〈驚異の旅〉は、40年以上の長きにわたって年二巻のペースで書き継がれ、地球全体を舞台とする巨大な連作に成長していく。

〈驚異の旅〉において、バルザック流の「人物再登場法」は例外的にしか用いられていない。そのため、シリーズとはいいながら、各作品の独立性が高く、『グラント船長の子供たち』『海底二万里』『神秘の島』のように内容的に関連している場合でも、時系列をはじめとして齟齬が目立つ。また、ジャンル的にも科学小説に留まらず、冒険小説、歴史小説、幻想小説等々と多彩であり、舞台も世界全体に広がり、作品ごとに変えられている。

つまり、ヴェルヌ作品を読む上で、それがシリーズであることは意識しなくても特に差し障りがない。しかしながら、だからこそ、シリーズという枠組みのなかで読み直すと、知っているつもりになっていた個々の作品の見方が微妙に、だが確実に変わる。嘘だと思ったら、全五巻完結予定の選集の第一回配本に当たる本書をまずはお読みいただきたい。『月世界旅行』『月世界探検』『月世界へ行く』等々、混乱しやすくミスリーディングな邦題で(別々の出版社から)刊行されてきた二部作に加え、約20年後の続編を個人全訳で、しかも、エッツェル版の挿絵が完全収録された一巻本で読めるのは、日本の読者にだけ許された贅沢なのだから。

(石橋正孝)

広報委員長:横山太郎
広報委員:江口正登、柿並良佑、利根川由奈、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2017年7月29日 発行