翻訳

大久保譲(訳)
リチャード・マグワイア(著)

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国書刊行会
2016年11月
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表紙をめくると、窓と作りつけの暖炉のほか、何もない部屋に光がさしこんでいる。見開きいっぱいに描かれたこの部屋が『ヒア』の舞台だ。左上の欄外には年号が記され、時代ごとに異なる家具や壁紙が配されていて、数ページも読み進めば、固定された視点から見たひとつの空間の年代記を描いているということが、とりあえずは理解できる。その年代はしばしば何百年も、あるいは何万年もさかのぼり、まだ部屋ができる前、この地が森だったころや恐竜が闊歩していたころの情景が描かれる。逆に、人類が死滅した未来の風景もさらりと登場する。ときには複数の画面が同時に開かれて、ひとつの見開きに、複数の年代が混在することもある。

『ヒア』は、30億年を超える「ここ」の変転を描いてみせた意欲的なグラフィック・ノベルだ。作者リチャード・マグワイア(1957年生まれ)はイラストレーターであると同時に著名なベーシストでもあり、あるインタビューで『ヒア』全体の構成を音楽になぞらえてもいる。描かれた部屋は、実はニュージャージー州に実在するマグワイアの生家のリビングルーム。両親を失い、実家を整理していくうちに、本書の構想が固まっていったという。合衆国の歴史と地球の歴史が織りなす壮大なタペストリーに、一本の糸として織りこまれた家族の歴史が、『ヒア』をますます魅力的な書物にしているのは言うまでもない。

(大久保 譲)

広報委員長:横山太郎
広報委員:江口正登、柿並良佑、利根川由奈、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2017年7月29日 発行