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第1回表象文化論学会賞授賞式

2010年7月3日(土)、青学会館にて第1回表象文化論学会賞の授賞式が開催されました。2010年3月18日(木)に開かれた選考委員会にて決定された各賞は、以下の通りです。


学会賞:日高優氏
『現代アメリカ写真を読む──デモクラシーの眺望』(青弓社、2009年6月)に対して

受賞の言葉
「この度は第一回目の表象文化論学会賞受賞をいただき、大変光栄に思います。拙書は「チャンスは開かれているはずなのだ」と結ばれるのですが、この受賞で若輩者がもっと精進するためのチャンスを与えてくださったのではないかと感じました。初めての単著だったことに加え、今回の受賞のおかげで私にとって非常に思い出深い書物となりました。
学問が成熟、高度化するとともに専門化、細分化していくのはそれなりに筋の通った部分があります。とはいえグローバルな諸問題も叫ばれて久しく、横断的でアクチュアルな知は一層切実に求められています。表象文化論研究に関しても、事情は変わりません。 私自身は、今後も高度な学問の成果と社会への応答可能性とを表象文化論学会の皆様の御活動から学びとらせていただきながら、受賞を励みにアクチュアルな知を探索し続けたいと思っています。
拙書に誕生と受賞の契機を与えてくださった皆様との出会いに、改めて深く感謝いたします。ありがとうございました。」



奨励賞:乗松亨平氏
『リアリズムの条件──ロシア近代文学の成立と植民地表象』(水声社、2009年10月)に対して

受賞の言葉
「19世紀ロシア文学という、埃をかぶった「近代文学」の権化のごときものを、いかにアクチュアリティのあるものとして論じるか、それが拙著の根本の課題でした。今回の受賞は、この課題をいくぶんなり果たせたと認めていただいたかのようで、心より嬉しく光栄に存じております。審査員の先生方に、厚くお礼申し上げます。
「近代文学」のアクチュアリティ、といっても、感情移入や共感を介した現在とのアナロジーは、いまや危殆に瀕しています。また拙著は、ロシアの植民地主義という、政治的にはきわめてアクチュアルな問題を扱ってもいるのですが、しかしそれをアクチュアルに感じることの困難のほうが、むしろ私には深刻でした。このようにアクチュアリティを失わせる構造を分析すること、アクチュアリティを共有あるいは断絶させる歴史的・メディア的条件を析出すること、拙著では、そんな迂回路を選択しました。文学を語るのに、迂回が不可避となったようなこの時代のなかで、一人でも多くの方に拙著を手にとっていただけましたら、それに勝る喜びはありません。」



特別賞:渡邊守章氏
京都造形芸術大学舞台芸術センターにおける一連の企画、ならびに著述に対して

受賞の言葉
[upcoming]

選考理由などについては下記の選考委員会よりの報告をご覧ください。


既報のとおり、去る3月22日に開催された選考委員会において、第1回表象文化論学会賞各賞が決定されました。その選考過程、受賞理由、また選考委員コメントを以下に掲載いたします。(学会賞事務局)

(1)選考過程

まず、2009年12月末から1月末にかけて、会員からの推薦を募りました。実際に推薦があったのは以下の作品です(著者名50音順)。

  • 大橋完太郎『群れと変容の哲学──ドニ・ディドロの唯物論的一元論とその展開』
  • 門林岳史『ホワッチャドゥーイン、マーシャル・マクルーハン?──感性論的メディア論』
  • 北野圭介『映像論序説 <デジタル/アナログ>を越えて』
  • 乗松亨平『リアリズムの条件──ロシア近代文学の成立と植民地表象』
  • 日高優『現代アメリカ写真を読む──デモクラシーの眺望』
  • 渡邊守章『越境する伝統』『快楽と欲望──舞台の幻想について』

選考委員会では、まずこれらのすべてを最終選考の対象とすることで一致しました。ただし種目については、会員推薦における指定も参考にしながら、賞の特殊性や今後の方向性も考慮しつつ選考委員会で独自に検討しなおすことにしました。

具体的な選考作業は、上記の候補作ひとつひとつについて各選考委員が意見を述べたのち、全体討議によって各賞を決定していくという手順で進行しました。

(2)受賞理由

学会賞:日高優
『現代アメリカ写真を読む デモクラシーの展望』 青弓社 2009年

アメリカ型デモクラシーの光と影、そのパラドクシカルな二面性を、まさしく光と影のアートとしての写真を詳細かつ鋭利に分析することで活写した力作である。著者のまなざしは、しかし、写真がいかにデモクラシーを演出してきたのかという、過去の事例への批判的な検証のみに止まるものではない。グローバルなインターネット・メディア時代において、写真は今後デモクラシーとのあいだにいかなる関係性を切り結びうるのか、その可能性と限界にも肉薄しようと試みる。その点でも本書は高く評価される。

奨励賞:乗松亨平
『リアリズムの条件──ロシア近代文学の成立と植民地表象』水声社 2009年

カフカスという「遠い他者」を十九世紀のロシア文学がいかに表象してきたのか、植民地表象をめぐるこの問題にたいして、著者は、ポストコロニアル批評を単になぞるのではなく、あえてそれと対決することで批判的にアプローチしようと試みる。本書が高く評価されるのは、この鋭い問題意識と方法論的な自覚にある。そのうえで本書は、テクストの内と外、ロシアの内と外という、入れ子状に錯綜した表象の緊張関係を、緻密な作品分析をつうじて鮮やかに描きだしている。今後のさらなる研究の発展を期待させる秀作である。

特別賞:渡邊守章

長年にわたり第一線で表象文化研究を牽引してきた実績、加えて京都造形芸術大学舞台芸術センター所長としての近年の旺盛にしてかつ実験的な演劇活動および批評活動、さらには、その成果を結実させた二つの近著、『越境する伝統』(ダイアモンド社、2009年)と『快楽と欲望──舞台の幻想について』(新書館、2009年)にたいして、学会として氏に特別賞を授与する。

(3)選考委員コメント

受賞作を選ぶというのは、何にせよ気の滅入る仕事である。できることなら、そんな役目は御免こうむりたい。とりわけ、表象文化論学会という、とてつもなく研究対象も広ければ、研究方法もフレクシブルな学会賞となると、なおさらのことである。しかも、候補作がどれも粒ぞろいで、この度がその第一回目の賞ときているから、ことによると今後の基準になるのではないかと思うと気が気ではない。とはいえ、もちろんそう悪いことばかりでもない。真剣に読まなければいけないから、自分の専門外のことでおおいに勉強になる。今回がまさにそうであった。この学会賞が、知らず知らずのうちに研究をある一定の方向性へと導いていってしまうという負の結果を招くことのないようにと祈りたい。(岡田温司)

今回は第一回ということもあって、賞の方向付けをどうするのか、ということがなかなか難しい問題でした。おそらく、応募要綱を定めたときは、雑誌などの発表論文も多数(!)応募がある、という想定だったと思いますが、実際には、特別賞を除いてですが、博士論文1本と博士論文を元に単行本化した出版3本でした。若い研究者の業績ばかりで、ベテランと呼ぶべき方々の仕事も、この年に候補になりうるべき大作がなかったわけではないのに、推薦にあがってこなかったという事実が、この賞の性格づけに対する学会のみなさまの「声」と受け取るべきだと選考委員は考えました。こうなると、学会賞と奨励賞とを厳密に区別する根拠がはっきりしなくなります。選考対象のどれが学会賞でどれが奨励賞でもよいと思われたのです。どれも力作であり、一時は、いっそ全部に賞を出しても、というような意見も出たのですが、しかしやはり安易に流れずに、与えられた条件のもとで、選考をするのが委員の責任だろう、ということになりました。最後の判断基準は、表象文化論学会の賞として、本学会らしい可能性を示唆する作品を選ぼうということだったと思います。賞はみんなで育てていくべきものです。今回の選考はスタートにすぎません。
実は、学会賞というアイデアにそれほど積極的だったわけではないのですが、選考してみてかえって、こういうことがあってもいいな、と思った次第。次回、もっと多くの推薦があるといいなあ。(小林康夫)

2009年は1970年代生まれの仕事人が、そろい踏みをした年として記憶されよう。
推薦された研究はどれも単行本で、そのうち三作に賞を呼び寄せる華があった。
門林氏の『ホワッチャ ドゥーイン マーシャル マクルーハン』は知略の書。自ら仕掛けた技によって、身近ながら掴みがたい対象をあぶりだしていく柔軟な議論が人を魅する。文句なしの技能賞。
乗松氏の、ロシア植民地表書論『リアリズムの条件』は、足の運びが非常に安定した相撲で、各章で確実に勝ち星を挙げた。分野の素人をも引き寄せる筆致は並大抵の実力ではない。悠々の敢闘賞。
そんななかで、「殊勲」をあげたのが日高氏の『現代アメリカ写真を読む』。対象への情熱を写真史的記述へと昇華させたつつ、なおも熱い。開拓の進んでいない分野を素手で耕す任務を負った表象文化論の若い研究者にとって、手本となろう一冊だった。(佐藤良明)