日時:2010年11月13日(土) 13:30-16:00
会場:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3

・木下知威「遠い写真──昭和大礼における電送写真をめぐって」
・冨山由紀子(東京大学)「〈日常〉写真の静かな抵抗──下津隆之「沖縄島」を読む」
・阪本裕文(稚内北星学園大学)「記録とアヴァンギャルド──戦後日本における前衛記録映画論とその背景」
・伊藤未明「「ネットワーク資本主義」における「矢印」の美学──経営の言説におけるイメージ表象の分析試論」

司会:橋本一径(愛知工科大学)

木下知威「遠い写真──昭和大礼における電送写真をめぐって」
 画像を化学反応や電気によって遠隔地に送信する技術 − ファクシミリ(ファックス)の原型は、イギリスのアレグザンダー・ベインによって1843年に特許申請がなされたのを嚆矢としている。社会への普及という観点からは電話に抜かれたメディアであったが、アメリカ合衆国のグラハム・ベルによって1876年に特許申請された電話よりも早い歴史を有している。日本でも大正末期から新聞や雑誌で、「写真電送」(あるいは受信側の写真を指す「電送写真」)として紹介されてきた。
 とりわけ日本においては、ある時をきっかけに広く知られることになる。それは、昭和三年十一月に行われた即位の礼をはじめとする「昭和大礼」である。六日から十日までの五日間にわたる即位の礼および大嘗祭を行う為に、昭和天皇は東京から京都に行幸するが、各新聞社は大礼謹写団が撮影した写真を編集局に届ける必要に迫られていた。昭和天皇一行を追いかけつつ迅速な編集が求められる一大行事において、立案されたのは写真を電送し、新聞紙に掲載することであった。しかし、当時の電送写真はぼんやりとした画質であり、被写体を歪めてしまう問題を有していた。それでもなお、電送写真は新聞紙に掲載されることとなる。当時の人々は、解像度が低く歪んだ写真にいったい何を見ていたのだろうか。
 本発表では当時の資料を活用しつつ、幼年期の電送写真によって炙りだされたイメージの諸問題に迫りたい。

冨山由紀子(東京大学)「〈日常〉写真の静かな抵抗──下津隆之「沖縄島」を読む」
 1960年代後半から70年代の後半にかけて、日本写真界を席巻した表現潮流の一つである「コンポラ写真」について、その流行初期に注目を集めた撮り手である下津隆之(1942-)の存在は、不思議と見逃されてきた。本発表では、下津のデビュー作である「沖縄島」(1967)を他の歴史資料とあわせて図像的に精読し、コンポラ写真の流行初期に生じていた理解や受容の様相を明らかにするとともに、下津の試みた〈日常〉へのアプローチが、どのような今日的成果を残したのかを考察する。
日常のなにげない光景をさりげなく切り取る「主義としての明確な論理」のないスナップショットがコンポラ写真の特徴とされてきたが、その理解は大辻清司(1923−2001)が暫定的に与えた定義を踏襲し、単純化したものでしかない。現に、大辻自身がコンポラの初期登場例として挙げた下津の「沖縄島」は、返還運動に揺れる沖縄というきわめて政治的な場へ自ら足を運ぶことで撮影されたものである。また、コンポラを論じる際に用いられる「日常」という言葉に対する理解の曖昧さについても、多様な立場からの多様な理解を可能とする沖縄という場を舞台に選ぶことにより、「まず〈日常〉とは何なのか」という問いを突きつけるものとなっている。下津の捉えた沖縄が、本土の人間の目から見つめた沖縄、その日常が孕む複雑な力関係を繊細に写し撮ったものであることを明らかにし、その視点の意義を検証する。


阪本裕文(稚内北星学園大学)「記録とアヴァンギャルド──戦後日本における前衛記録映画論とその背景」
 戦後期の文化・芸術において、様々な領域においてリアリズム芸術への急進的な批判が立ち上がった。ここで批判の対象にされるリアリズムとは、「自然主義」と呼ばれるものを含みながら、「社会主義リアリズム」を指していたといえる。そして、彼ら批判者がリアリズムを乗り越えるために使用したものとは、アヴァンギャルド芸術(シュルレアリスム)であった。ここでシュルレアリスムは戦前における展開とは異なった様相で、記録性の問題と接合して使用されることになる。
 本発表では、まず基盤として松本俊夫の『前衛記録映画論』をはじめとした記録映画の言説における旧守的リアリズムへの批判とアヴァンギャルドの導入を取り上げる。そして、当時の文化・芸術において表出した同傾向の諸例を取り上げながら、それらとの共通性を検討してゆく。ここで記録映画の言説との共通性を検討されるのは、以下の言説である。1: 花田清輝の『アヴァンギャルド芸術』、あるいは花田清輝と岡本太郎の『夜の会』に始まる恊働。2: 針生一郎の『サドの眼』、あるいは針生一郎と武井昭夫の『美術批評』誌上での論争。3: 安部公房と『記録芸術の会』のリアリズム論。4: 山下菊二や桂川寛らによるルポルタージュ絵画の運動。
 これら固有名の背後にあるものは統一されたものではなかったが、その急進的な批判を要請したものは共通していたといえる。その要因とは戦後期におけるコミュニズムの混迷にある。そして、混迷のなかから運動を再獲得するための矛盾を孕んだプロセスこそが、この時期においては求められていた。
 本発表では諸例の共通性を総合的に検討した結論として、戦後期における旧守的リアリズムへの批判とアヴァンギャルドの導入が、どのような形でその後に続く60年代後半の文化運動を準備したのかまで明らかにしたいと思う。


伊藤未明「「ネットワーク資本主義」における「矢印」の美学──経営の言説におけるイメージ表象の分析試論」
 今日企業活動の様々な場面で、グラフィカルなプレゼンテーションが行われている。そこで我々が写真や数値データのグラフと並んで多く目にするのは、四角や丸を矢印や線で連結したダイヤグラムや、クリップアートからダウンロードされたイラストレーションである。こうしたダイヤグラムやイラストはそれが表象するものと形象が似ているから、というよりも、抽象的なアイディアや雰囲気をわかりやすく表現できるから有効な表現形式である、とされることが多い。しかし、ビジネスパーソンによって作られたこれらのイメージの、「作品」として良し悪しを判断する基準は、決して「表現のわかりやすさ」だけではないように思われる。そこにはある種の「美学的な判断基準」が存在する。本発表ではまず、ハーヴァードビジネスレビュー誌に過去30年間に掲載されたイラストやダイヤグラムの変遷に着目し、今日の企業活動においてイメージ表象の良し悪しを判定する美学的な基準とは何かを考察する。そこでは、これらのイメージを構成する図像学的構成要素のうち、「矢印」の役割を明らかにしていく。さらにそのような矢印の美学が、なぜ今日の資本主義社会にとって必要なのかを、フランスの社会学者BoltanskiおよびChiapelloによる『ネットワーク資本主義の言説』についての分析をもとに考察する。