8月31日(日)16:00-18:00
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- 視覚表象の〈継承〉と〈逸脱〉──ハンダラ図像の派生形にみる政治性と行為性/濱中麻梨菜(東京大学)
- Asynchronous Objects──九州大学総合研究博物館でのアート・インターベンションと知の再編/結城円(九州大学)
- ロマンスの崩壊──日本テレビドラマにおける「パパ活女子」の表象分析/黄薇(同志社大学)
【司会】小澤京子(二松学舎大学)
視覚表象の〈継承〉と〈逸脱〉──ハンダラ図像の派生形にみる政治性と行為性/濱中麻梨菜(東京大学)
本発表は、パレスチナ人風刺画家ナージー・アル=アリー(1936–1987)が創出したキャラクター「ハンダラ」の図像に着目し、その派生形の検討を通じて、現代における視覚表象の政治性と行為性を考察するものである。ハンダラは、もとは一枚絵の新聞風刺画に登場していたキャラクターであり、作者アル=アリーの死後も、パレスチナ社会内外において象徴的図像として再解釈・再構成され続けてきた。
本発表では、特に1990年代以降のグローバル化・インターネット普及を背景に、ハンダラがパレスチナを越えて、グローバルな文脈で再解釈されている点に注目する。その上で、アメリカのアーティストであるピーター・クーパー(1958-)と、アラブ世界の画家ハーニー・マズハル(1955-)によるハンダラの図像表現を対照的事例として取り上げる。クーパーの作品は、ハンダラの身体を破壊・再構成することでハンダラの表現拡張を試みた事例として捉えられる。他方、マズハルの作品では、アル=アリーの死に際して、ハンダラの姿を保持したかたちで描くことで、追悼的かつ当事者的な視点から図像を継承した。
これらの事例分析を通じて、本発表は、視覚表象における倫理および文化的距離感、風刺画というメディアが持つ批評性の持続可能性を検討する。単なるアイコンとしてではなく、「語り直し」「批評し」「行為する」図像としてのハンダラの可能性を問い直す。
Asynchronous Objects──九州大学総合研究博物館でのアート・インターベンションと知の再編/結城円(九州大学)
博物館での「アート・インターベンション(芸術の介入)」という学際的な展示実践は、欧米を中心に個別のプロジェクトとして2000年ごろから始まる。アート・インターベンションとは、本来、自然史や社会科学・歴史をテーマとする博物館展示のなかに、現代アートが介入することである。この手法により、博物館における知を社会問題と関連付け、知の再編、文理融合などのパラダイム転換を行っている。
本発表では、アート・インターベンションの実践例として、2025年5月に九州大学総合研究博物館内で発表者が実施した、オーストリア人アーティストのカリーナ・ニマーファル氏の「ASYNCHRONOUS OBJECTS(非同時的なモノたち):帝国と環境」展を取り上げる。この作品は、林業、生物多様性、そして第二次世界大戦前後の日本の木材貿易の歴史に関する大学コレクションを出発点としている。展示では、大学コレクションを新たな視点で捉え直すアーティストによる語りのテキストを中心に据えた上で、関連書籍および資料を備えた「カフェのような読書室」を博物館内に出現させている。この事例から、生物多様性や帝国主義といった現代の社会的な関心事と自然科学のコレクションと現代美術の融合により、どのような知の再編が行われているのか、とりわけ文化的翻訳という観点から作品の主題のみならずその展示手法・キュレーション手法も含め考察する。
ロマンスの崩壊──日本テレビドラマにおける「パパ活女子」の表象分析/黄薇(同志社大学)
本研究は、日本のテレビドラマにおける「パパ活女子」の表象を、新自由主義フェミニズムの点から批判的に分析する。新自由主義フェミニズムとは、女性の主体性や選択の自由を強調する一方で、構造的な不平等を個人の問題に還元する言説である。本研究は、この理論枠組みに基づき、ドラマ内で「依存」と「自立」がいかに描かれているかを検討する。対象とするのは、2017年の『パパ活』、2022年の『明日、私は誰かのカノジョ』、2023年の『Shut up』の3作品である。いずれも経済的困難や家庭からの経済的支援が得られない状況を背景に、若年女性が年上男性と金銭を介した関係を築く様子を描いているが、「パパ活」の意味づけは作品ごとに異なる。本研究では、場面構成とセリフのテキスト分析を通じてその差異を明らかにした。とりわけ『Shut up』では、経済的合理性が強調され、感情的依存の表象は希薄化していたものの、経済的自立や主体的選択は肯定的に描かれていなかった。むしろ、女性たちが制約の中で選択せざるを得ない状況を通じて、「選択」のもつ曖昧さが浮かび上がった。