日時:14:45 - 16:15
場所:大岡山西講義棟2(西6号館)W631

  • 量子力学的都市──アルド・ロッシ《科学小劇場》の「重ね合わせ」の理念/片桐悠自(東京理科大学)
  • 長谷川三郎の戦後における伝統と近代の問題/鍵谷怜(東京大学)

司会:岡本源太(岡山大学)

量子力学的都市──アルド・ロッシ《科学小劇場》の「重ね合わせ」の理念
片桐悠自(東京理科大学)

20世紀後半に活躍した建築理論家・建築家アルド・ロッシ(1931-1997)の、量子力学への興味は顕著なものであった。ロッシが、50歳のときに著した自伝『科学的自伝[A Scientific Autobiography]』(1981、以下『自伝』)はマックス・プランクの同名の自伝から名付けられたものである。また、学生時代を過ごした1950年代に、ロッシは最先端の科学的な議論に親しんでおり、エルヴィン・シュレーディンガーが『On Modern Physics』で論じた概念は、彼の都市認識に影響を与えたことが示唆される(Lampariello(2017))。シュレーディンガーの《individualità[固有性]》の概念は、ロッシが『都市の建築』で論じた「fatto urbano[都市的創成物]」の概念の機能概念と形態概念と両義性へと接続され、ここから、ロッシが自己の都市建築の認識を量子力学への興味を通じて醸成したことが示唆される。

本発表はロッシの量子力学への興味を踏まえ、彼の概念と造形における「重ね合わせの理念」を論じる。例えば、ロッシが1969年に提示した「類推的都市」の理念には異なる都市と都市が、断片として、類推的に結合することとして説明される。ここには、ウィトゲンシュタインの「論理」およびアンドレ・ブルトンの「脱-論理」が同居していた(片桐(2019))。「類推的都市」概念では、ガスタンクや城など都市の部分が「断片(論理像)」として捉えられ、1973年のタブロー《類推的都市》及び1976年のコラージュ作品《類推的都市》へと発展させられる。これらのタブローでは、断片として配置された建築が、同一平面上に配置され、異時同図法的に都市の要素が一枚の平面上に捉えられた。

さらに、2次元のタブローである《類推的都市》が3次元の模型へ変換された作品も存在する。《科学小劇場》(1978)は、告解室をモチーフとした模型作品であり、ロッシ自らの設計した建築物をミニチュアにして内包した「自伝的で私的なものである」(ロッシ, 1984)。『自伝』で《科学小劇場》は「エルバ島の木小屋」やゲーテの人形劇場と関連づけられるが、製作者自身の人生の記憶と重ね合わされるという点でそれらは共通項をもつ。すなわち人間の生命とおなじく、「毎回異なる結果をもたらす」ような記憶の再起が現出する装置である。これは、加速器での素粒子の衝突結果が毎回異なる結果をもたらすように、建築家に付属する要素同士の衝突もまた、その度ごとに異なる結果をもたらすものと解釈される。異なる事物の予期せぬ「重ね合わせ」は、シュレーディンガーの語る「驚愕(タウマイゼン)」とも類比でき、『自伝』の別称である「建築を忘却すること」へと接続される。


長谷川三郎の戦後における伝統と近代の問題
鍵谷怜(東京大学)

長谷川三郎(1906-1957)は、日本美術に対して西洋の抽象美術の動向をもたらした洋画家として知られている。長谷川の美術思想の特徴は、西洋のモダニズムとしての抽象絵画を、日本の伝統的芸術文化に接続したことにある。これはアジア太平洋戦争へと進んでいく1930年代の日本の社会的状況において、ナショナリズムの高揚との関連を指摘されてきた。彼は、戦後も引き続き抽象美術と日本の伝統文化とのつながりを模索していった。作品制作から距離を置いていた戦時中から一転して、戦前の油彩の抽象絵画とも異なる水墨画や木版画を積極的に制作するようになった戦後の長谷川は、一方では雑誌への執筆を通じてアメリカの同時代美術を紹介する役割を果たしている。

本発表は、戦後の長谷川三郎の美術思想について、その作品制作への反映を含めて再検討することで、日本美術の伝統と西洋近代の美術に対する彼の捉え方について考察するものである。本発表では、長谷川の作品が戦後に大きく変化したことに着目して、自らは油彩から離れながらも、抽象美術を一貫して擁護した彼の美術思想における伝統と近代のあり方を検討する。

具体的には、1950年代の著書『モダン・アート』や美術雑誌での論説などの批評的言説を考察することで、国粋主義的な社会と思想の崩壊を経たうえでなお、日本の伝統文化と西洋近代美術の接続を主張しつづけた長谷川の美術思想における戦前・戦中と戦後の差異を明らかにする。その上で、彼の主張と、同時代に同様の問題提起を行った岡本太郎との相違を検証し、長谷川が戦後日本美術に与えた意義を明らかにする。

【司会】岡本源太(岡山大学)