小特集 研究ノート Mechademia in Seoul消息

Mechademia in Seoul消息
増田展大

第3回を迎えたMechademia Conference - World Renewal: Counterfactual Histories, Parallel Universes, and Possible Worldsに参加するため、11月末日、韓国ソウルへと向かった。この会のHPを開いてみると、その趣旨は次のように説明されている。「マンガやアニメ、ゲーム・デザイン、ファッション、グラフィック、パッケージに玩具産業、日本におけるポピュラー・カルチャーに関連するファン活動の広範な領域」を対象として、「アカデミック・コミュニティとファン・コミュニティがいかにして批判的思考のための新たな可能性を提供しうるのか」。

ここで蓄積されてきた研究内容については、8号まで刊行された雑誌Mechademiaの目次を閲覧すれば充分だろう。今回のカンファレンスは3日間にわたり、Korean Film Archiveと東国大学校の2つの会場を移動しながら、合計18の分科会が開かれた。北米からアジア、オセアニア、ヨーロッパを含めた国々からの研究発表について個別に触れることはできないが、筆者が参加したかぎりではおよそ2つの傾向に分かれていたように思われる。一方にあるのが、それぞれのフィールドにおける綿密な実地調査とそれに基づくファン活動やメディア・ミックスの現状、または物語世界やキャラ/クター設定の変遷についての考察である。これら各地に自生する「日本」文化についての実証的研究と個々の作品分析において結びつきながら、他方ではそれを映画・文学理論や現代思想において練り上げられてきた諸概念と擦り合せる理論的なアプローチがある。両者の傾向は、おもに日本のアニメ作品の精緻な物語読解を論じることが多いように思われた先の刊行誌の傾向とはやや異なってきているようにも感じられた。実際、会場の内外で話をすると、必ずしも日本文化を専門分野とするわけではない参加者が、それぞれフィルム・スタディーズや文学研究、社会学やカルチュラル・スタディーズなどを背景として議論を繰り広げ、この会が参加者の国籍と変わらぬほどの他分野間の交流のための場を提供してきたことが伺える。

とはいえ、グローバリズムにある文化の「多様性」や「交流」を楽観視することなく、それを共通関心のひとつとして現代日本の文化現象に収斂させることがどのようにして可能となるのか。筆者の関心からはやや外れるも、数ある魅力的な企画のなかでそのような問題を考えさせるきっかけを提供してくれたのが、大塚英志氏の講演であった。「寓話機能不全の時代」と題された氏の講演は、ジョセフ・キャンベルやウラジミール・プロップにもとづく物語構造論的分析から、ポストモダン特有の文化現象として論じられる日本のサブカルチャー史を切り分けていく。ガンダムにスターウォーズ、太宰治や村上春樹など、サブカルチャーと日本文学(史)を縦横無尽に切り結び、その物語構造と表現論から(ポスト)モダンの歴史的連続性が提示される。架空の歴史とボクによる政治的意識のパッチワークとして無際限に紡がれる物語と、それに併せてメタ化する受容の享楽を浮き彫りにする議論に終始一貫していたのは、「オタク」や「萌え」といった文化現象に批評的可能性や革命を求めるナイーブな態度への強烈な批判である。これが実際に氏の議論を下敷きとすることの多い聴衆や、日本からの研究者たちに与えたインパクトが小さくなかったことは、その後の激しい質疑応答からも伺えた。

もちろん、現代の日本文化を対象とする議論の多くを一過的なものやオリエンタリズムとみなし、それらがいや増すシニカルな態度を助長しかねないことは容易に批判可能であるし、その一方で、「クールジャパン」を横目に諸外国に対して日本の固有性を内から説いてまわることがある種のセルフ・オリエンタリズムを醸成することにもなりかねない。それでも、洋の東西、理論と実践、さらにはマンガ・アニメ/―ションといったメディア間に留まりながら、「批判的思考のための新たな可能性」がどこに求められるのだろうか。即座に答えられる問題ではないとしても、そのヒントは、この会が日本でも北米でもなく、隣国において開催されたことに示唆されていたようにも感じる。北米から長時間フライトを経て慣れない土地で会を実行した主催者と、隣国で自国の文化について必死に説明する筆者のような日本人、その実践者でもある現地スタッフの方々と英語圏に限らない各地から参加する研究者が混ざり合い、日毎情報交換や質疑応答を交わしていく。内と外や中心のないまますべてが周縁的に展開するかのような場そのものが、上記の議論を今後も粘り強く展開するために貴重な機会を提供していたように感じられた。

増田展大(日本学術振興会/早稲田大学)