新刊紹介 単著 『存在のカタストロフィー 〈空虚を断じて譲らない〉ために』

小林康夫
『存在のカタストロフィー 〈空虚を断じて譲らない〉ために』
未来社、2012年11月

本書は2010〜12年にかけての雑誌連載に、書き下ろしと、1990年代前半に書かれた旧稿二本で構成されている。二年半にわたる連載はそのまま時系列に沿って収録されており、著者がそのときどきに誰とかかわり、どこに赴き、何を考え話したかといったことをめぐる言行録ともなっている。その点、いわば思考の旅行記、あるいは、たえざる運動そのものとしての思考の切片が本書だとも言いうるように思う(著者には『知のオデュッセイア』という書もある)。

哲学、文学、芸術、科学、歴史、宗教などの諸領域を融通無碍に行き来する本書だけに、内容紹介を始めたら本欄の枠内にはとうてい収まらないし、それ以上に、それらを列挙してもおそらく無意味なので、ここでは代わりに、本書への向き合い方の一案をご紹介するにとどめる。というのも、“答え”を期待して本書を読もうとすると、きっと肩透かしを食うからである。たしかに、本書には著者なりの応答が込められてはいる。ただしそれらは永劫不変の決定版といったことは志向しておらず、さまざまな時、場所、人、作品との関わりのなかで生成したものなのである。本書冒頭で著者は、完遂不可能であっても応答を試みることの重要性を指摘しているが、その自身の言葉をそのまま実践したのが本書だとも言えよう。目まぐるしいまでの筆致を前に、読者はおのずと己の思考やそのスタイルを顧みる仕儀となる。だが、それもこれも、まずは読まねば始まらない。著者が好む禅問答を真似て言うなら、さしずめこういったことになろうか、「これ取って読め」。(三河隆之)