新刊紹介 単著 『想起のかたち 記憶アートの歴史意識』

香川檀
『想起のかたち 記憶アートの歴史意識』
水声社、2012年11月

ホロコーストやナチズムといった負の記憶をいかに伝え、保全するか? これは世紀を越えてなお私たちに突きつけられる課題である。本書はこの問いに対して現代アートがどのように向き合い、負の歴史を表象しようとしたかを検証する。著者は1980年代以降のドイツに現われた〈想起の文化〉を背景に次々に制作された「記憶アート」、具体的にはクリスチャン・ボルタンスキー、ヨッヘン・ゲルツ、レベッカ・ホルン、ジークリッド・ジグルドソンなどを取り上げ、それらを「痕跡採取」「標しづけ」「交感」「集積」という観点から論じる。キーファーやリヒターの作品、アイゼンマンによるホロコースト記念碑などを参照項とし比較対照しながら「記憶アート」独自の意味作用を探りつつ、そこに内包されるジェンダーの問題や歴史認識のあり方を照らし出そうとする本書の内容は示唆に富む。とりわけ記憶アートは「事実かフィクションか」という二項対立を越えたところにある「もうひとつの歴史意識」を提示するのではないかという指摘は興味深い。また、記憶や想起という問題に取り組む本書は、現代のアートにおいてすでに重要なファクターとなり、ユニークな進化を見せている「アーカイヴ」の発展と本質を考えるための指標を与えてくれる。(石田圭子)