新刊紹介

トム・ルッツ
『働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち』
小澤英実・篠儀直子訳、青土社、2006年12月

新約聖書にある「働きたくない者は、食べてはならない」(2テサ3:10)というパウロの教えが英米の労働倫理を形成していく一方で、イエスはこうも説いている。「野の百合がどのように育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしない」(マタイ 6:28)。プロテスタント的勤労主義が根づいていくアメリカ文化の傍流に、「怠けもの」たちの表象はどのように生まれ、どのように作用してきたのか――本書にはこの問いのもと、17世紀から現代までの英米の文学・映画に登場する無数の怠けもの達が招集される。勤労主義の祖ベンジャミン・フランクリンや、働くことも食べることも拒んで死んだバートルビー、チャップリンのリトル・トランプ、放蕩息子の大統領ジョージ・W・ブッシュ。こうした人物像から「怠けもののアメリカ史」が編み直されたとき、やがて「労働なきユートピアへの夢想」という「もうひとつのアメリカン・ドリーム」が浮かび上がる。また大学教員・文化研究者である著者自身のジレンマ(「労働価値」への疚しさとワーカホリックとの捻れた関係)が剔出される本書は、人文系の知的専門職における労働のかたちを読者に(はからずも?)再考させるものとなっている。(小澤 英実)