新刊紹介

金賢旭
『翁の生成——渡来文化と中世の神々』
思文閣出版、2008年12月

「翁」というだけで、不思議なときめきを覚えてしまう。正月になると、「翁」を見に能楽堂に足を運ぶ人も少なくないが、なんとも言えない笑みをたたえた翁面は確かにわれわれのめでたさを増幅してくれそうな気がするし、その舞台には独特のすがすがしさがみなぎっている。「能にして能にあらず」と言われるように、特別なストーリーがあるわけではないが、能の中で最も古い形を伝え、芸能者の信仰と深く関わるのが「翁」であり、かつ、その来歴があまりにもわかっていないのもまた「翁」なのである。

本書は、そんな能の「翁」をも視野に収めながら、日本において、中世以降、忽然として多様に現れてくる翁神の有りよう全般に目を向け、韓半島の文化との関わりの中から翁神の生成を考えようとしたものである。渡来文化の影響はもとより指摘されてきたことではあるが、処容舞や花郎文化、幻術などの具体例を挙げて考察している点に一つの達成があり、翁芸や修験道の成立に韓半島のシャーマニズム文化の影響を読み取ろうとしている点に特徴がある。

こうした具体例をふまえて、我々がどう「翁」の問題を捉え直していくか、渡来文化との関わりを考え直していくかということが何より重要だろう。折しも、2009年1月末に、能の翁研究、芸能者信仰の研究に大きな影響を与えてきた故服部幸雄の論考が『宿神論』(岩波書店)として上梓された。初出以来30年以上たってなお圧倒的な存在感を示し続ける画期的論考の出版は、翁研究の再活性化を促す契機になるはずだ。その際にも、本書が示した渡来文化の影響という観点や、さらに、その日本における受容と変容の過程について考えることが重要な鍵になることは間違いなく、アジアの中の日本を意識しながら、日本の古層の神々の世界へと分け入る一つの手がかりが提示されたことを喜びたい。(沖本幸子)