新刊紹介

田中 純
『都市の詩学――場所の記憶と徴候』
東京大学出版会、2007年11月

知的実践の豊穣さはただ見入るに十分だが、それだけではない。著者は「汀」というが、乾いた都市に暮らしているように思いこんでいるわれわれが、今まさにそのような危うくかつ期待の充ちた場所にいることを、思い出させるように教えてくれる書物。

本書は、2004年から書き継がれてきた都市の意識下に潜むさまざまな対象をめぐる考察を集成し、これに著者が「都市誌の森」を目論んだというあらたな体裁を与えたものである。補論三編を加えると十八の論考からなるこの「森」で読者が辿ることとなるのは、ロッシ、ベンヤミン、ヴァールブルク、中井久夫といった固有名詞を導きの糸としつつ、湧き出すようなイメージとテクストの葉叢を仰ぎながら都市の声に耳を傾けつづけた著者の軌跡である。小村雪岱の絵画と言葉を媒介に地霊論の新たな展開が図られ、ヒキガエルの形象が東京の無意識への沈潜を誘い、群衆論と装飾論が神経系を介して邂逅する…といった驚きと魅惑に充ちた知の実践の傍らで、畠山直哉や森山大道といった同時代の芸術家の生態がつぶさに見つめられる本書の圏域は、進化史的年代にはじまって今日まで通じている巻末の年表が示す如くに広く、かつ多岐にわたる。

とりわけ、おそらくはこの書物が産声を上げつつあったちょうどそのころに没後十年をむかえた建築家アルド・ロッシの名は、著者の本書への関わりにとって特別な場所にあるようだ。冒頭の三論考の大部分は、都市論や自伝的書物などの著述と建築の実践のそれぞれで特異な仕事を残し、今日の建築家や建築・都市論者に影響を及ぼし続けるこの建築家について、著作とドローイングの分析をつうじてその方法を解明し、またその射程を測る試みである。個別の業績を越えたロッシの思考の隘路にあてられたこの一筋の光は、この建築家へのアプローチにおいて重要な道標になるだろう。(東辻賢治郎)