新刊紹介

榑沼範久(訳)
マーティン・コーエン『倫理問題101問』
ちくま学芸文庫、2007年05月

私たちが生きるこの現実世界のなかでは、利得や快楽の追求こそが生の根本原理であり、善悪をめぐる倫理が登場してくるのは、まわりまわって自分たちの利得や快楽につながる表向きの方便、あるいは倫理を持ち出す人々の生が衰弱している「結果」にすぎないのだろう。しかし、私たちが生きるこの世界にとって、倫理は「結果」というより、むしろ根源的な「原因」だとしたら…。倫理はもっとリアルなものであり、私たち自身の人生の「航路」、そして私たちが生きるこの世界の「航路」を決めてしまう、「一つの道」の選択をめぐる思考だとしたら…。XとYという可能な選択肢からの選択ではなく、そもそもの価値の序列を潜在的に選択すること(あるいは選択してしまっていること)が、私たちの生きる世界にとっての根源だとしたら…。こうした「倫理をめぐるジレンマ」から、著者マーティン・コーエン(イングランド哲学学会の発行する雑誌The Philosopherの編者)は後者の道を選択し、「砂漠」のようなこの世界に「101」の問いを色とりどりに投げかけながら進んでいく。なかでも、「2001年以後」の「戦時下」の状況を反映して、アメリカによる日本の広島・長崎への原爆投下、英国によるドイツのドレスデンへの空爆、「テロリスト」を支援する国家(ところで、それはどこ?)に対する武力行使の「正義」をめぐる問い、あるいは巨大産業資本に対する抵抗運動・「テロリズム」をめぐる問い、監視と安全をめぐる問い、「人間未満の存在」に対する暴力をめぐる問いの数々は見逃せない。また、著者の本領は「戦時下」にも絶えない「日常」の事柄(食事、生殖、ビジネス、消費生活、宗教、犯罪、法廷、病気、医療、美醜、大学人事など)をめぐる数々の問い、そして、古今東西の神話に聖書に御伽噺に哲学書、実話に創作にブラックユーモアとかけめぐる語り口に大きく発揮されている。(榑沼範久)