新刊紹介

香川 檀(共著)
『記憶の網目をたぐる――アートとジェンダーをめぐる対話』
彩樹社、2007年0月

本書は、表象文化論を研究する香川檀と、美術館学芸員の小勝禮子との間で交わされたアートをめぐる対話である。ふたりの往復書簡のほか、小勝が栃木県立美術館で近代日本や前衛美術運動における女性画家の状況について掘り起こした展覧会図録の論文、香川がダダや現代写真を「記憶」のテーマから考察した論文の3部構成となっている。

取り上げられているアーティストは、戦前、日本に留学した韓国の羅蕙錫(ナ・ヘソク)と台湾の陳進(チェ・ジン)から、ベルリン・ダダで活躍したハンナ・ヘーヒ、ユン・ソクナム、イ・ブル、岸本清子、井上廣子にいたるまで時代も場所も多岐に渡っている。だが、本書は女性アーティストの見取り図でも概観でもない。たとえば、香川は、オノ・ヨーコや石内都のアートをボルタンスキーと比較し、記号論や精神分析理論を駆使して緻密かつ精巧に分析してみせる。「ジェンダー」と聞いて、女性アーティストへの礼賛か男性中心主義への悪罵のみを想像している読者は、ジェンダー研究の歴史的視野と理論の深化にあらたな目を開かれるだろう。

自分の抱いた微妙な違和感に対して口をつぐまず、具体的に作品に即して異なる解釈を提示する本書の態度は、展覧会の賛辞か通り一遍の紹介だけで終わってしまう現在の日本の美術批評に最も欠落している姿勢である。 (北原恵)