翻訳

エヤル・ヴァイツマン(著)、 中井悠(訳)

フォレンジック・アーキテクチャー:検知可能性の敷居における暴力

水声社
2025年8月
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『フォレンジック・アーキテクチャー』は、イスラエル出身の建築家エヤル・ヴァイツマンがロンドン大学ゴールドスミス校において主宰する同名の調査機関の(主にパレスチナをめぐる)活動と理論をまとめた書籍です。二〇一〇年に設立されたこのグループは、警官による一般市民の殺害から戦争における民族虐殺まで、国家権力が引き起こした様々なスケールに及ぶ暴力事件を調査するために、破壊された建物の構造や破片、流出したスマートフォン映像や衛星画像、残された木々の植生など多様なデータを三次元モデルとして再構築し、出来事の位置・時刻・経緯を明らかにすることで国際法廷や国際美術展などのフォーラムにて公開される新しい証拠作りに携わってきました。彼らの実践は、社会的な力関係のなかで「誰の声が聞かれ、誰の声が埋もれるのか」という「証言」の政治性にも鋭く切り込みます。ただし、調査の対象となるのは人間の証言だけではありません。「あらゆる接触は痕跡を残す」という法医学(フォレンシス)の原則を基盤に、瓦礫、煙や雲の形状までもが、出来事の記録として読解の対象となります。

この本の姉妹編に当たるのが、ヴァイツマンが批判的メディア理論家のマシュー・フラーとともに手がけた『調査的感性術』です。『フォレンジック・アーキテクチャー』に先駆けて翻訳が出版されたこちらの本では、ヴァイツマンたちの実践から導き出された理論的な視座が「エステティクス」という領域を舞台に組み立て直されています。その軸にあるのは、十八世紀半ばにアレクサンダー・バウムガルテンが「ロゴスに還元できない感性のからくりの探求」を名指すために拵えた造語を、単なる人間の美的判断ではなく、出来事を記録する「感知(sense)」と「意味形成(sense-making)」の営みとして拡張的に捉える発想です。本の終盤では、あらゆる存在物が複合的に連携する現場において異なるエステティクスを織り合わせながら活動のための共通基盤たる「コモンズ」を形成する方向性が示されます。

こうした「エステティクス」の拡張を表現するため、人間(ロゴス)中心主義が畳み込まれた「美学」や「感性論」など従来の訳語が役に立たないと感じたので、「感性術」という造語を拵えました。このように日本語における意味形成を揺さぶる「翻訳」という営みもまた感性術の拡張として、政治的な意義を帯びます。実際、自分では訳すつもりがなかった二冊を訳すことになったのは、ロシアによるウクライナ侵攻が直接のきっかけでした。日々伝えられる惨状の報道を前に、なにもできないという無力感と、なにかをしなければという焦燥感に駆り立てられ、二冊の翻訳を矢継ぎ早に終えましたが、新しい訳語が引き起こす反応を恐れた出版社によって出版は棚上げにされました。イスラエルのガザ攻撃のニュースが連日報道されるようになっても、ほぼ完成した訳稿は据え置かれたまま、時間だけが過ぎていきました。とはいえ、度重なる働きかけの結果、ようやく世に送り出された書籍は、思ってもいなかった反応をあちこちで引き起こし、その影響の連なりのなかで、「感性術」をはじめとする「術(アルス)」を軸に据えた《アルスノーヴァ》という新しいアートスクールを東京大学内に立ち上げることにもなりました。

実際、書籍の中では前景化されないものの、フォレンジック・アーキテクチャーに連なる活動を展開するにあたって重要な契機となるのが「教育」であることは間違いありません。その意味で、読者が方法論や理論の「お勉強」に留まることなく、現状にどう介入するかというパフォーマンスの次元を意識しながら、これらの翻訳をある種の「楽器(インストゥルメント)」として、さまざまな仕方で奏でてもらえることを願っています。

(中井悠)

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、菊間晴子、角尾宣信、二宮望、井岡詩子、柴田康太郎
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2026年2月28日 発行