翻訳

ヴァルター・ベンヤミン(著)、田邉恵子(訳)

一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代 翻訳と解説

春風社
2025年7月
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1935年10月24日付のゲルショム・ショーレム宛書簡において、ヴァルター・ベンヤミンは、「しばしばわたしは、粉々になった書物──『一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代』と書簡選集──について夢想している」と述べた。幸運にも後者の「書簡選集」は、1936年秋に『ドイツの人々』としてスイスで出版された。しかし、『一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代』(以下、『幼年時代』と略記)の方は、文字通り「粉々 zerschlagen」のままに留まった。1932年の執筆開始当初から、「一冊の、ささやかな、本」としての出版が目標とされながらも、ユダヤ人亡命者である作者の生前にそれが叶うことはついになかった。

『幼年時代』は最初、1950年にテオドール・アドルノによって編集・出版されたのを皮切りに、その後、全集や作品選集にも収録され広く読者に受容されてきた。日本では、1971年にアドルノ編纂版を底本にした翻訳を小寺昭次郎が手がけた。そしてパリ・タイプ稿は1994年に野村修によって抄訳が、1997年に浅井健二郎によって全訳が発表された。しかしながら日本語の翻訳はいずれも他作品とともにアンソロジーに収録されており、ベンヤミンの望んだ一冊の書物のかたちをとってはいない。優れた既訳が、しかも複数ある本作品をあえていま新たに翻訳したのは、『幼年時代』を日本語に移し替えるだけではなく、一冊の書物として仕立てたかったからだ。

本書が底本としたのは、1938年に成立したパリ・タイプ稿である。約7年間の作業期間中、ベンヤミンはテクストに削除を施すことで作品の完成を目指した。パリ・タイプ稿はその作業が実を結んだヴァージョンであり、これ以降、彼が本作品に取り組んだ形跡は、少なくとも残された資料からは確認できない。しかしながら、削除された箇所をそのまま放っておくのはあまりに惜しい。習作版の用紙には本文のスペースの左横に余白が設けられ、文言の代替案やアイディアが書き込まれている。欄外で生み出される言葉、草稿やノートの言説も同時に紹介し、作品生成過程を示すために詳細な解説を付した。初期資料「ルソー島」(1932年)の翻訳と、このテクストの読解に基づく論考も収録されている。翻訳と研究のあいだの間隙を架橋すること──それが首尾よくいっているかどうかは読者の判断に委ねるとしても──を目指した。

最後に装丁について。本書には、編集者と装丁家の手仕事にたいする愛情と言うほかない思いが込められている。小ぶりでソフトカヴァーのこの書物は、ベンヤミンが友人から贈られた手作りのノート、大切だからこそ方々へ持ってゆき、擦り切れてしまったノートをモデルにしている。柔らかな表紙は、読者の手によって折れたり、よれたり、裂け目が入ったりすることもあるだろう。しかし経年によって生じるそうした傷こそが、書物の代替不可能性にほかならない。一冊一冊がそれぞれのかたちで、幸福に老いることができればと思っている。

(田邉恵子)

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、菊間晴子、角尾宣信、二宮望、井岡詩子、柴田康太郎
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2026年2月28日 発行