歴史修正ミュージアム
二〇二五年一月、就任してまもないトランプ大統領がDEI(多様性、公正性、包摂性)政策を撤廃する大統領令に署名してからすでに一年が経とうとしている。多様性や包摂へと向かう動きに対するバックラッシュの中で、歴史認識とその「修正」は政治的にも重要な争点となっている。昨今、日本では「修正」という語のもとで、排外主義や陰謀論と結びつく歴史の書き換えと、語られなかった過去をすくい上げた歴史の語り直しという、相反する力学がせめぎ合っているのだ。本書はこうした苛烈な対立を内包する「修正」を再定義し、多層的な視点から歴史を語り直す「誠実な修正」(15頁)の可能性を、ミュージアムという場に見出そうとするものである。
本書は二〇二四年五月から翌年三月までに著者が訪れた、イギリスとアメリカをはじめとする西洋文化圏のミュージアムでのフィールドワークをもとに執筆されている。ヴェネツィア・ビエンナーレなどの国際美術展や国公立の美術館・博物館から、二〇一〇年代以降 に誕生した比較的小規模なミュージアム、そして地下酒場に至るまで、それぞれの場での試みが支配的な語りを「修正」しようとする手つきを細やかに検証している。国史をめぐる語り、人種差別と植民地主義、性規範、階級、公共性とアクセシビリティ——こうした観点から選り抜かれた展覧会・実践を記した各章は、さながら黙殺されてきた声を可視化し、歴史を複層的に再記述するためのキュレーションである。
ミュージアムがこれまで誰によって何を語り、何を語らなかったのか。その問い直しは、単に新しい語りを追加するだけでは済まない、より根本的な制度批判を含んでいる。ただし、そうしたミュージアム制度への批判と「修正」の営みもまた、ともすれば単線的な語りの中で政治的に再動員されかねないことへの目配りが一部の章でなされていることは強調しておきたい。たとえばフィラデルフィア美術館前のロッキー像をめぐる第四章の記述は示唆的だ。かつて「くだらない映画の小道具」として美術館への設置を拒否されたこの像が受容され、ついには都市の象徴となる過程は、まさに美術館と大衆文化の関係を問い直す修正の成果だ。だが同時に、この像はアクチュアルな政治動向と重なることで、排外的な愛国主義の文脈に回収されかねない。本書は、この両義性を曖昧にすることなく提示することで、「誠実な修正」もまた文化表象の多義性との緊張感の中で、精査され続けなければならないものであることを突きつけている。
また本書は、豊富な展示風景の図版や、臨場感のある展覧会のディスクリプションも含め、各ミュージアムのガイドブックとしても楽しく読むことができることを大きな特徴とする。大部分がウェブサイトや新聞での連載をもとにしているという性質もあってか、広範な読者層に開かれた比較的平易な文体で執筆されている。ミュージアムという語りの制度を問い直す本書が「誠実な修正」の可能性を体現しているとすれば、こうしたカジュアルな語り口は文化的なアクセシビリティの格差に対する抵抗にも見えてはこないだろうか。「修正」をめぐる対立が先鋭化する今、本書が提示する複数の視点から歴史を語り直す道筋はミュージアムの内外を問わず、重要な手掛かりを与えてくれるはずだ。
(中嶋彩乃)